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大学を卒業して早2年。河村は社会人になった。と言ってもまだまだ板前としては半人前。父親の元で日々板前の修行をしている。
青学レギュラーだったメンバーもそれぞれが様々な道を選んで進んでいた。手塚はアメリカでテニスを。大石は医学系の大学院へ。菊丸はなんだかんだサラリーマンをしているらしい。が、実際は不明(この前も真っ昼間に寿司食いに来てたからなぁ…)。海堂は真面目にサラリーマンをしている。桃城は単位を落としたとか騒いでいたからきっとまだ大学にいるのだろう。越前は得意な英語系の大学生。

そして…。

「おっかえりー不二ー!」
「っ!ただいま。相変わらず元気だね英二は。」
「なにおー!!」

不二は今日アメリカから帰ってきた。と言ってもまた直ぐにアメリカに帰るらしい。
不二のアメリカに滞在する理由。それは手塚と同じだ。高校になってもテニスを続けていた不二。『本気』を見つけた不二は誰にも真似できないあの柔和なプレイスタイルで実力をさらにつけ、ついには留学の話を持ち掛けられたのだ。

そして、大学に入る前手塚に続いてアメリカに旅立った。


その不二が帰ってくるという連絡が来たのだ。青学レギュラーだったメンバーはもう大騒ぎ。挙げ句河村宅で河村の作った寿司でパーティーをしようという計画になったのだ。菊丸がずるずると部屋の中へと不二を連れ込む。そんな不二と寿司を作る準備をしていた河村と、ふと目が合った。

「ただいま、タカさん。」
「あぁ。お帰り、不二。」

面影のある微笑み。少し伸びた身長。変わった事と変わらない事とが混じりあって懐かしさを感じた。

「ごめんね。手塚と一緒に帰って来たいね、って話してたんだけど長い休みが一緒に取れなくてさ。」

誰に、という訳でなく不二はその場にいる人間に声を掛ける。微笑む横顔は相変わらず優しく暖かった。


何をしているんだろう…。


分かっている。それでも目で追ってしまう、昔好きだった人。好きだったと思っていたのにこんなにも切なくなる想い。不二が帰ってきて嬉しいと思うのにどうしてこんな気持ちになるのだろうか。

「タカさーーん!とりあえずさび抜きでマグロー!」
「あ、あぁ。」

菊丸の声ではっと思考を途切れさす河村。ぎこちない笑顔を皆に見せて白い酢飯をを手に取った。





それからいくつ寿司を握ったかは分からない。越前や桃城は相変わらず物凄い勢いで寿司を口に放り込んでいくし、それにノルように菊丸も食べ始めたのが原因だ。それでも美味しそうに寿司を食べてくれる人がいると頑張れるのが不思議だ。今でもまだ食べ続けているメンバーの笑顔を見ながら河村は寿司を握っていた。

会話も弾んでいるようで、その言葉にも河村は耳を傾けていた。今の事、中学時代の事、恋人は出来たかとか、どんな選手と戦ったかとか、手塚は相変わらずだとか、毎日が新しい発見があるとか、日本の食べ物が恋しくなるとか…。









「…………。」

気が付けば不二の会話ばかり聞いている自分に気付き河村は手をとめた。同時に不二は遠くにいってしまったのだとも痛感した。『世界』という舞台に立とうとしている不二と、まだ半人前の自分。図る事さえ億劫になるぐらいの二人の距離。


情けない。

不思議にそうは思えなかった。何故だろうか。それは情けないというよりももっと大きな感情があったから。




まだ不二の事が好きだ。




不二がアメリカに旅立つ日、機内に向かう小さな背中を見つめながら唇を噛み締めたのと似た感情。不二との距離が開いていくはずだ。俺はまだあの日のまま。半人前で中途半端で、また想いを閉じ込める。きっとこの気持ちを口にしてしまったら不二は困った顔をするから。そんな言い訳をして逃げていた学生時代。


馬鹿馬鹿しい。愚かしい。

そんな感情ばかりがぐるぐると回る。


「タカさーーー……え?タ、タカさん?」
「………え?……あ…いや…。」

何かを頼もうとしたらしい菊丸が困惑の表情を露にしたので気が付いた、河村の瞳からは一滴の涙。拭って誤魔化そうとしても見られてしまったものは誤魔化しきれない。

「ご、ごめん…。ちょっと顔洗ってくる!」

次々と視線が自分に集まる事にどうにも耐えられなくなり、河村は急ぎ足でその場から離れた。


しかし河村が向かったのは顔を洗う為の洗面所ではなく、家の裏口だった。ドアから出たすぐの所でしゃがみ、夜風に当たっていた。自分の愚かさにため息しか出ない。

「あ。こんなトコにいたんだ。」

ゆっくりとドアが開いたかと思えば、遠慮がちに開かれた隙間から現れた見慣れた顔。しかしそこに河村がいると分かると大きくドアを開いて外に出てきた。

「………不二。」
「隣、いいかな?」
「あ、あぁ。」

わたわたと一人分の隙間を空けるように河村は奥へと数歩詰め、そこに不二が礼を述べながら腰を下ろした。

「…………。」
「…………。」

二人の間には何とも言えない沈黙が流れる。河村は河村で先ほどの事があるし、さらに未だに不二に好意を持っていることを自覚してしまったのだ。何を話していいか分からない。不二は先程の河村の様子の事を聞くわけでもなく、空を見上げたままなのだから直の事。チラチラと河村が不二に視線を送っていると不意に視線があってしまい河村は視線を伏せた。そんな河村の様子にクスリと笑みを置いて、やっと不二は口を開いた。

「僕さ、日本に帰ってこようかなって思って。」
「…………え?」

唐突な話に思考が着いていかない。しかし思わず見上げた河村の瞳には、実に穏やかな不二の表情があった。

「実際にアメリカにいて分かったんだ。どれだけプロになるのが遠いか。道が長いか。そして、そこについてからそこから離れるまでの時間がどれだけ短い事か。」
「不二………。」


「日本に戻って何が出来るって訳じゃないけどさ。」

クスクスと昔のように笑う不二は、しかし昔より大人びていて、どこか切なげだ、などと河村はどこか第三者的な思考で思った。そして「そっか…。」とだけ告げた。正しくは、そうとしか告げられなかった。不二がテニスプレイヤーになることを本気で応援していた分、残念な思いが大きい。

「うん……。まだまだ皆に追い付けないよ。」
「…………。」
「皆はもう一人前に仕事してるのにね。タカさんにも。僕だけ置いてけぼり、だね…。」
「………あ…。」

ピン、と河村の脳内で何かがひらめく音がした。不二は何かを伝えたがっている。そしてそれはとても重要な事。
そう、これは不二の優しさ故のとても優しい『嘘』だ。

「……ごめん。不二。なんで不二には分かっちゃうのかな…。」
「ん?なんの事だい?」

わざとらしく首を傾げる不二の表情は本当に自然で、河村がこの事実気付かなければきっと騙されてしまうだろう。

「大丈夫だよ。不二。ありがとう。」

ふつふつと沸く嬉しさと、感謝と、安堵とにただ思い付いただけの言葉を紡ぐ。それを不二はただ微笑みながら聞いていた。

「そうだよな。うん。俺も頑張るよ。自分で決めた道だしな。自分が半人前だって思えるのはその道に自分がいる証拠だもんな。」
「…うん。」

不二はコクりと頷く。

「不二の事も応援してる。夢、掴んできてくれよ。」
「……うん。」

優しい笑みを携えてしっかりと頷く。

「だから、だからさ…その。だから、一緒に…。」
「……一緒に頑張ろっか…?」
「………あぁ…!」

互いに笑みを向かい合わせて、そしてコツンと互いの拳をぶつけた。頑張ろう、と意思表示の為に。そんな拳からは溢れんばかりの感情が広がる。元々不二は日本に帰って来る気なんてなくて、それでもそんな嘘を付いたのは他でない河村の為に『自分だって半人前だ』と伝えたかったからであって、そんな優しさが、相変わらずの暖かさが、やはりとても愛しいのだと。

「ふふっ、じゃあ僕は先に戻るね。」

決心した様子の河村を見て不二はゆっくりと立ち上がった。あ、と小さな声を溢して河村は続いて立ち上がった。

「不二!あの、あのさ。俺……俺さ!俺、不二のこと───…。」




迷惑ならば断ってくれて構いません。





友達として戻ることが出来るかは分からないけれど、努力します。



だからどうか、困った顔だけはしないでください。




「________。」








Fin....



あきゅろす。
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