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「決めさせるか!」

独自の華麗さの欠片もない醜いプレイ。ホンマ、残念やで不二。

そう数分前まで思っとった。自分のテニスを捨てた人間に勝利なんてない。まして、無我夢中なんて馬鹿げとる。


馬鹿げとる、はずなのに。


不二のがむしゃらの先に見つけたのは新しい技。ネット自体がボールが越えるのを拒んでいるような錯覚にさえ陥るような。


青学を優勝に導きたいから?


ふざけるな。



聖書として完璧を作り上げた俺が、負けるだなんてそんな事はありえん。天才として生きてきたお前が、華麗なテニスで人々を魅力してきた不二が、華麗さを捨てて無我夢中でボールを追い掛けた先に勝利があるなんて、そんな事実があってたまるものか。


そんな奴に負けへん。俺は。



絶対に。負けん。


『opacity』


「見つけたばい。」
「なんや千歳かいな。」
「白石冷たか…。」
「うっさいわ。」

試合後の自由時間、東京散策に出掛けた金ちゃんや光や銀とも、いちゃついてた小春とユウジとも、従兄弟に挨拶する言うてた謙也とも別れて俺は試合会場の木陰で涼んでいた。
まだ冷めない感情に一人で耽っていたという時に目の前現れた男に、はっきり言って苛立ちしか覚えられなかった。

「ずいぶん機嫌悪いとね?」
「分かっとるんやったら今すぐ視界から消えろや。」

しっしっと追い払うような仕草をしたにも関わらず千歳は俺の横に腰を下ろした。そして持ち前の明るい笑顔で一言。

「無理ばい。」





…………イラッ。


「いや無理ちゃうやろ。」
「無理なもんは無理やんね。諦めるばい白石。」
「相変わらず意味分からんな。消えろや。一人になりたい言うとんのが分からんのか。」
「白石が冷たか……。」
「暑いんやからくっつく……な、や!!」

これが190もある男の行動だろうか。人の肩に顔を埋める男の黒い髪を、無理矢理引き剥がすように押し退けた。

あかん。千歳とおるとイライラが爆発しそうや。

「お前がいかんなら俺がどっか行くわ。」

限界を感じた俺はその場から立ち上がった。腕でも引っ張られて引き止められるかと思ったが、そんな事はなく素直に足を運ぶ事が出来た。

「一人になってなにしよると?」

代わりに数歩歩いてから後ろから声を掛けられた。俺は足を止める。

「泣くんか?」
「泣かへんし。」

後ろを向いているから千歳がどんな表情をしているかは分からない。ただカランカランという下駄のゆっくりした音が聞こえる。

「白石ば負けとらんよ?」
「…なんや急に。」

小さくだったが思わず声を漏らして笑ってしまった。試合結果を見れば分かる。四天宝寺は負けたにせよ俺は不二周助に勝った。これは揺るぎない事実だ。

「悲しむ必要ないけんね。」
「…………。」

この男はどこまで見透かしているのだろう。ぽんと頭の上に手が置かれる感覚。

不二との試合で垣間見た自分自身の感情と願望。その前に千歳の試合を見たってのもいけなかった。必死になる不二の姿を見て、自分と同じだと思っていた人間が進化する姿を見て、その姿に嫉妬した。俺に出来へん事が不二には出来るのか、と。もしかしたら無我夢中になって進化する不二は無我の境地にいけるんじゃないか、コイツと、千歳と同じものが見えるようになるんじゃないかと。俺には見る事の出来ない千歳の知る世界を。

したらなんか無性に腹が立った。嫉妬と願望と悔恨と。様々な感情が絡み合って泣きたくなった。

せやけどそんな格好悪い姿を素直に他人に見せられるほど俺のプライドは低くない。

「何言うとん?アホちゃうか。」

千歳の手を無視してまた歩き出した。
もっと強くなる。負けへん。絶対に。

「……いつかお前と同じ位置に立ったるわ。」
「ん?」
「なんでもなか。」

集合時間には遅れるなよ、とたげ釘を刺して俺はその場を後にした。
俺のテニスはまだ終わってない。俺は俺なりのテニスでお前と同じ位置に立ってやる。



したらきっと、この想いも口にできるだろう。


千歳だけに



そっと



いつか。





Fin...



あきゅろす。
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