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「なぁ、来いよ。」
「………ん?」

ワインレッドの髪が視界の中で揺れる。
ソファーに腰かけた小さな人影が俺を手招きしているのが見えて、きっと俺の顔が緩みっ切っているのではないか、などとどうでも良いことを考えつつ招かれるまま隣に腰掛けた。

「どないしたん?」

首を軽く傾げながら問うてやれば、そこには悪戯な笑みがあって、そんな表情に俺が可愛いなどと思ってしまっていると言う事実が逆に可笑しい。

「んーいや、特に理由はねぇんだけどよ。」
「さよか。」

こんな空間が心地よい。お互いがお互いの存在を確認しているのに、なんの会話もないこの感覚が。


その理由は明白なのだけれども。


「なぁ、忍足。」
「……。」


ほら、会話があれば生じるズレ。胸に感じた痛みをぐっと堪えて薄い笑みを意識的に浮かべた。

「名前で呼んでや。ブン太。」
「あーー…。おう。悪ィ、侑士。」

伸びてきた手が自然に俺の肩を引き寄せて、ぽてりと頭がブン太の肩に当たる。そしてわしゃわしゃと乱すように撫でるブン太。
「…やからなんなん?」
「だから特に意味はねぇって。」

髪の感触を楽しむような指が何故か心地よい。甘く優しい一時。




それでも感じる、違和感。



「なぁ、侑士。」
「……んー?」

無意識に閉じていた目を開いて視線だけでブン太を見上げる。しっかりと視界に入れることは出来ないにしても、相手の雰囲気を感じる為。
ドクン、と心臓が高鳴った…、気がした。

「そろそろ気づいてんだけど。」
「………?」
「俺にアイツを重ねんのは止めろって事。」
「アイツって誰やん。」

頭を撫でていた手もいつの間にか止まっていて、でも、それでも俺は態度は大して替えはしなかった。なんとなくそんな気がしていたから。ブン太がいつか気づいてしまうであろう真実を俺は持っていた。

「向日……。向日岳人。」

ドクン、と今度は確かな音。この名前を聞く度に切なさが増す。

「悪ィけど、俺は向日じゃねぇし、っていうか全く違う性格してんのはお前が良く知ってんだろ?」

普段のおちゃらけた言葉ではなく、しっかりと俺に諭すように伝えてくるブン太。それがまた愛しいと思うのも嘘じゃない。
でも───。

「それでも似とるよ。自分と岳人。」

簡単に言ってしまえば見た目が。ワインレッドの髪と小柄な体。それでいてどこか挑戦的な性格と瞳。重ねて見ていないだなんて、嘘でも言えるハズがなかった。それほどまでに俺にとって岳人の存在は大きい。

叶わぬ恋。気紛れに始まった関係に想い人を重ねて。

「だからって俺に失礼だとは思わねぇのかよ。」

諦めたように小さな溜め息を付きながらも軽く小首を傾げつつ笑う声。

「そら思うけど、やけど楽しいって思ってるやろ?自分。やったらええかなぁ思て。」
「お前の性格の悪さはきっと向日譲りだな。」

自分でも図々しいと思うほどの態度な俺にブン太は肯定的な言葉の変わりに小さく笑いながらわしゃわしゃっと髪を撫でてた。その、岳人は絶対にやらないであろう行動がとてつもなく好きだ、というのはブン太には内緒にしておこう。きっと歪な関係が俺たちにはお似合いだ。


「ほら離してぇな。ケーキ作る途中なんやて。」
「ケーキ作ってたのかよお前!だったら早く言えよな!」
「初めっから言っとるわ。人の話聞かんなぁ自分…。」




Fin



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