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「………。」

何かが足りない。そう自覚したのは本当に最近の事。打ったボールが強い意思を持って返ってくるのに、特に深い感情を持たずにただ打ち返す。きっとネットを挟んだ向こう側の彼は必死なんだろうけど、こんな下らない事を考えるほど僕には第三者的な、隔離され歪んだ思考がまだ余裕をもって存在している。

「っはぁ……はぁっ…。」

息を切らすのはまだ2年生の、しかもこれから成長するであろう彼。いくら試合形式の練習だからと言って、これ以上追い詰めるのはきっと彼のテニスを奪ってしまう事と同様。まして、今日は公開練習の日なのだ。なおのことだろう。手塚にも責められるかもしれない。




だけど、足りない。





ねぇ、早く俺に魅せてよ。





必死になった先にある本当の実力を。





ゾクゾクするような強いスリルを。



***

「キミは何を考えているんだい…?」

案の定、あの練習の後僕は呼び止められた。だけどそれは手塚ではなく、練習を見に来ていた佐伯だった。二人きりの空間。コートではまだボールや部員たちの声。
結局試合は6-0という無惨な勝利というものだけが結果だったし、部員たちからも咎められるしで散々だった。

「別に何も考えてないよ。」

普段誰にでも見せるような、お決まりの笑みで答える。真実を隠す為の偽りの仮面。だけど今回ばかりは嘘を付いていないのは真実なのも確か。だからそう言った言い方に間違いがあるかもしれない。それでも、それだけが真実ではないのも、また真実、だと思う。

「そんなことないだろう?不二が何も考えがなくてやっているだなんて思えない。」
「買い被りすぎだよ。」

同意でも求めるかのように首を傾げる。的確な一言にも驚きも悲しみも、悦びさえ感じないのはきっと僕が荒んでしまっているからなんだと思う。悲しみよりも悦びよりも、一番大きいのは喪失感。いつからか感じるようになった僕に必要で足りないモノの存在の大きさ。

「……ねぇ、佐伯。僕は何を無くしたんだろう。」

思わず笑みが漏れた。喜びからじゃない。悲しみからでもない。ただ、ただ馬鹿馬鹿しかったんだ。

「ふふっ、ごめんごめん。忘れて?」

どうしたらいいか分からないと言わんばかりに固まってしまった佐伯を宥めながらも話を誤魔化すように笑みを普段のものに変えた。意識的に。
ひらひら、と軽く手を振り佐伯に背中を向ける。きっと佐伯には僕を理解するなんて永遠に出来ない。だから深く話すつもりなんてない。それを責める訳じゃない。

「今後後輩を虐めすぎないように気を付けるよ。」

乾いた風の音。
葉を靡かせて、僕の横を通り抜ける。




早く、早く気付くべきだった。
僕が何を欲しているのかを。

僕自身も、君も。

例えばそれが世の中の規律を乱すものだったとしても。素直に君が好きだと感じられたあの頃に。まだ君に選択肢があった頃に。






「束縛、して欲しいんでしょ?大丈夫。ちゃんとキミを縛ってあげる。」

──囁イテ、甘ク 耳元デ

「その代わり僕の願いも叶えて?」

──今マデ感ジタ事ノナイ アナタノ愛ニ染マッタ紅イ スリルヲ

「僕にちょうだい?キミの全てを…。」

佐伯をベッドに押し倒して、妖艶に笑ってみせた。驚きの色を瞳に映した佐伯は戸惑ったように僕の頬に触れて、そっと唇を重ねた。
重なった唇から躊躇いが伝わってきて、それでも僕を受け入れようとしてくれる佐伯の『優しさ』に、ただ満足感だけを感じた。


キミが僕に堕ちるまで


あと、15分──。











Fin.


cresiend……音楽用語。だんだん大きく



あきゅろす。
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