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「ねぇ。こっち向いてよ。手塚。」
「……。」

ベットに腰を掛けて本に視線を落としたまま他に視線を移すことをしない手塚。かと言ってその本をめくるスピードは疎らだ。パラパラとめくったり、時に手を動かすことが無くなったり、本を読んでいないなどとは、誰でも分かる。

「……ねぇ、手塚…。」

本をどけて無理やり視線を向かせようとすれば、きっと不二にはそんな事簡単だ。しかしそれをしないのは、自分の意志でこちらを向いて欲しいという思いがあるから。

そう、しっかやりと自分の意志で、手塚国光として、こちらを向いて欲しいと。
しかし手塚はなんの反応も示さない。困ったように、一度だけ表情を変えて、すぐにいつもの悪戯ぎみな笑みを浮かべなおして手塚の背後に回る。そして、後ろからそっと抱き締めた。優しく甘い声で名前を囁けば小さく反応する。それでも、手塚の反応は大きいものではない。それどころか面倒そうに小さなため息。

「…不二。離れてくれないか。」

簡単に帰って来た拒否の言葉などに従うつもりもない。いつもの事だ。簡単にそうやって紡がれる言葉に従っていたら、何をすることもできない。

「離れたら僕だけ見てくれるの?」

少し背中を伸ばして膝立ちすれば目の前に見える茶色い髪の毛。完璧なる優等生の、ちょっと意外な髪の色を指に絡めて目を細める。

「俺はいつもお前だけを見ているつもりだが?」
「本当に?」
「当たり前だろう。大体、だからこそ付き合っているんだろう。」

ペラリと、紙の擦れる音がひとつ。相変わらず不二は手塚の髪を弄っていて、それを気にもせずに手塚は本に視線を落としたまま。それはきっとお互いがお互いのこの先を理解してしまった故にとる、“普段通り”の態度。

「…嘘でしょ。そんなの。」

そう、ずっと二人の表情は変わらない。無表情を装ったままの手塚と、薄ら笑みを浮かべる不二。

「僕は手塚の事なら、なんでもわかるよ?今、何を考えてるかとか、誰の声が聞きたいのかとか、誰に抱かれたいと思ってるか、とかね。」
「不…」
「しかもそれは僕じゃないでしょ?」

君がもし僕だけを見てくれるなら、もしさっき顔をあげてくれたなら、こんなこと言わなかったのに。

「僕と君は凄く近くにいるんだよ?だから分かるんだ。」

僕を見てくれない君が悪い。

「物理的にも、精神的にも君に近い僕は誰より君を理解しているつもり。」

やっとこっちを不二に向いた表情は困惑でしかない。それが不二の今発している言葉たちの肯定の代わり。

「君も僕の事が分かるでしょ?何を考えてるかとか、何を欲してるかとか。」
「………。」
「でも、君はそれをそのまま僕にくれる気なんてない。だって君は僕の事が好きだもの。」

薄い笑顔を浮かべなから言葉を紡ぐ不二は、笑顔なのに今にも泣きそうに微笑んでいた。

「好きだから僕を甘やかそうとしない。好きだから僕に優しい態度なんてとらない。好きだから…僕を愛することはない。………違う?」
「……不二。」

答えのない答えはただの拒絶でしかない。分かっていて、この“手塚国光”という男はそれを実行に移す。そうとしか感じられなくなった自分の思考はもう大分末期なのだと、小さく嘲笑を浮かべるは不二。

「僕は手塚なんて嫌いだよ。完璧であろうとする君なんて嫌い。」

物理的にも、精神的にも近いその二人の存在は、限りなく何が入れる隙間もないほどに近いはずだった。しかし、それはあくまで『近い存在』だった。決して同じにはなれない存在。同じ立場に立ち、同じ考えを持つことなど出来る筈がない。

手塚と立場や考えを共有できる彼。彼と手塚が試合をしてから全てが変わってしまった。こんなにも近いと思っていた手塚は、はるか遠くにあったということで、より手塚と“同じ”存在を見つけてしまったということで、ただただ、今まで感じた事のない感情が湧きあがる。

そう、愛なんかじゃない、これは憎しみ。

自分が理解できないのに自分を理解してしまう手塚への。

あまりにも近い隣り合った存在は、ただ不況和音しか奏でられない。










「なーんて事もあったねぇー。」
「不二…。お前。」
「いいじゃない。今は楽しくやってるんだから。」

ベッドに二人して腰かけて、アルバムを開く。さまざまな写真の並ぶそのひとつに、氷帝戦の写真があった。それを見ながらクスクスと不二が笑う。

「あの時はね、本当に君が嫌いだって思ったんだよ。」
「俺は本気で困ったんだがな。」

はぁ、とため息をつく手塚に対して、不二は悪戯な笑みを浮かべながら懐かしい写真たちを眺める。テニスというスポーツに全力を尽くした中学時代から数年しても、こうして二人でいられるのはきっと、お互いがより近い存在であるから。同じではなく近い、それが二人をこうも繋げている。

「ふふっ…あの後の積極的な手塚は本当に可愛かったよ。」
「なっ……!」

真っ赤になって言葉を失った手塚をよそに楽しそうにアルバムをめくる不二。

「『そうとまで言うなら証拠見せてやろう。』だっけ?」
「…!そんな事を言った覚えはない!」
「また見たいな。ああゆう手塚も。」

話を聞いているのかいないのか、クスクスと声を出さずに微笑む不二を睨みつける手塚の視線を軽く受け流しながら、相変わらず茶色い髪の毛に手を伸ばす。そして、その髪に軽い口づけ。最愛の、愛故の。

「好きだよ手塚。大好き。」
「…そう何度も言うな。分かっている。」


不協和音で構わない。
それは誰にも真似する事の出来ない二人だけの音。




Fin





Misshelling…音楽用語。不協和音の。










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