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森の奥には魔法使いが住んでいました。大きな魔力を持った魔法使いはなんでも持っていました。力も、お金も、食べ物も、欲しいものは全て手に入れていました。でもたったひとつ、魔法使いが手に入れられないものがありました。
『closely...closely...』
願いを持った人だけが見つける事が出来るという森の奥の家。ぽつんと森に。そして今玄関のドアを開けて家に入っていった銀の髪を持つ彼こそ、この家の主──アトベ。癖の掛かった銀髪と、鋭い青い瞳。しかしその青い瞳に見え隠れする、強さで押し殺した切なく哀しい色。その瞳に映るは沢山の人の形を模した人形たち。いや、模したというよりも人間がそのまま小さくなったかのような…。
しかし彼が気を引かれるのはたったひとつ、銀の短い髪の人形。そして、その人形の隣にはより小さな青い帽子を被った人形が銀髪の人形と見つめ合うように置かれていた。
「…………。」
何か言葉を発しようとしてそれを押し殺すアトベ。それは禁忌を犯した人形を荒んだ言葉なのか、同情の言葉なのか。もしかしたらあまりに切なく哀しい愛の言葉、だったのかもしれない。
「叶えてほしい事があるんです。」
そう彼は言った。銀の髪が眩しくて、ブラウンの瞳はアトベを確りと捉えていて、目が離せなかった。
「それが禁忌だって事は分かってるのか?」
アトベが問うても彼の答えは変わらない。アトベも分かりながら聞いているのだ。彼が今頷いた事も予想済み。ずっと見てきたからこそ分かる。
───いつから?
そんなもの、ずっとだって決まっている。ずっとずっと、彼が生まれるよりもずっと昔。彼の魂を見守ってきた。荒れ果てた世界に産まれた彼も、狂った世界に産まれた彼も、戦争中に産まれた彼も、いつも笑顔を絶やさなかった。人に優しく、今出来ることに全力を付くし、泣きたい時に、しかも人の為に泣ける彼。そんな人こそ幸せにならなければならないのに、運命とは残酷なものである。
「……どうしても、俺の我が儘だと分かっていてもどうしても叶えたいんです。」
──魔法使いは悪魔からの使い。
誰かがそんな事を言っていた。魔法使いに魅いられた純粋な魂は、いつも幸せな世界に産まれ落ちる事を許されない。
「お願いです。俺の願いを叶えて下さい。」
勢いよく頭を下げた彼を冷たい視線で見つめながら、アトベはゆっくりと頷いた。そして口を開く。
願いを叶える代わりに、お前の魂を貰う、
と…。
彼は驚いたように目を見開いたが、すぐにそれを了承した。自分とあの人とが結ばれるならば構わない。この世界にそれ以外の未練などないから。自分が叶えられない望みを叶えて貰うのだ。モノを買うときに料金を払うのと同じ。ただそれが形あるものでなくなっただけ。
「……ひとつだけ、条件加えてもいいですか?」
アトベは言葉を発しない。しかしそれは無言の肯定。彼も分かっているのか、嬉しげに目を細めて言葉を続けた。
「1日だけ、二人だけで居させて下さい。俺の魂をあげちゃったら一緒には居られないから…。」
そして2日後アトベは彼の魂を奪い人形に閉じ込めた。
魔法で人の心を操るのは厳禁。だからこそ、魂を貰うという重い罰でバランスを取るのである。今まで何度もそうしてきた。人の形をした残骸たち。人の心を操ってまで願いを叶えたいという貧欲な人間たちに相応しい罰。
今まではそう思ってきた。
思ってきたのに───。
感情移入し過ぎた。そう感じたのは今さらになって。互いに互いを求めあった二人の男。互いに愛し合うが故に互いに禁忌を犯した。愛し合っていることにさえ気付かずに。
「…お前は今幸せなのか…?」
アトベが愛し合っている事を教えなかったのはきっと嫉妬。見守り続けた彼を奪われたくないという。しかし同時に、彼を不幸の呪縛から解放する為の魔法。自分が彼に惹かれてしまったから、彼は幸せな世界に産まれる事が出来なかった。同じ世界に産まれた今こそ、この呪縛から彼を解放する。そんな無駄な正義感。余りに勝手だとアトベは知りつつ彼らの願いを叶えた───フリをした。
二度と生まれ変わる事のないよう魂を人形に閉じ込め、最愛の人と側に居られるように。
「俺は、その幸せというモノがなんなのかが知りたい……。」
きっとアトベは死ぬ事は許されないのだろう。そしてそんな生の中で、二人を忘れる事はないだろう。
それが、無償で人の魂を貰うという重い罪。
森の奥には魔法使いが住んでいました。大きな魔力を持った魔法使いはなんでも持っていました。力も、お金も、食べ物も、欲しいものは全て手に入れていました。でもたったひとつ、魔法使いが手に入れられないものがありました。
それはもう、永遠に手に入れる事は出来ないのかもしれない。
Fin...
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