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むかしむかし人がうまれるよりずっとまえ、らくえんにはかみさまがいました。かみさまはとてもさみしかったので、アダムというやさしいおとこの子を造り出しました。







『わすれもの』





「なにしとん?」
「花の様子をみてただけだよ。」

銀髪の彼──アダムに藍の彼──神は微笑みながら告げる。花が咲き乱れるここ楽園にはたった二人だけ。他には誰もいない。

花も風も光も影もすべて神である彼が造り出していた。そんな彼が何よりも大切にしているのがアダムだった。花の色をより鮮やかにするような細い銀の髪も、空に反射したような蒼い瞳も、全部が全部愛しくて堪らない。

「最近元気なかったんだよね。ここら辺の花。」

ほぉ…、とまるで他人事のように感心したフリをしながらアダムは彼の隣にしゃがみ、花を眺めた。

彼はそんな横顔を見ながら頬を緩める。



しかし彼は知っていたのです。

アダムが時折寂しそうにどこか遠くを見つめている事を。

この楽園で、たった一人大切な人が

たった一人で孤独感を感じている事を。







「…アダム。もっと仲間が欲しいかい?」

だからこそ彼は問い掛けた。その寂しげな蒼い瞳を見ているのは、あまりにも辛くて、切なくて。

「なんじゃいきなり。」

きょとんとした表情を見せて数瞬、困ったようにアダムは彼に笑い掛けた。

「いきなり、じゃない。ずっと考えてた。君がそれを望んでるなら、俺はなんだってするよ。」

風が花畑を駆け抜けた。沢山の鮮やかな花びらが舞う世界で、アダムは優しく、それは大層優しく微笑んだ。その笑みに彼の心臓はドクンと跳ねる。次気付いた時にはアダムの腕の中。ドクドクと煩い鼓動の中、『ありがとう』と『大丈夫だ』という台詞だけが耳に入った。






そして神はまた自分の力を削って一人の人間を作り上げた。
アダムに寂しい想いをさせないために、アダムと対になる人間──イヴを。茶色い髪に生真面目な性格。アダムとの身長差は3cm。全く同じにしようかとも思っていた神だったが、そうしなかったのた多少の嫉妬心。アダムとイヴの接点と対になる点が多すぎるその現状が、少し、憎らしかった。
せめてアダムと接点のある蒼い瞳と、同じ身長だけは誰にも真似させたくなかったのだ。

イヴと初めてあった時のアダムは、とても嬉しそうに微笑んで神を抱き締めた。



嬉しかった。素直に。



しかし直ぐにそれは嫉妬心に変わった。所詮彼は神。アダムとイヴは人間。その差は限りないもの。アダムとイヴが惹かれ合うのは必然で、二人にしかない世界が目の前にあった。

さらに追い討ちをかけるようにアダムとイヴが禁断の赤い実を食べたという。

「あの、……すみません。」
「いや、イヴに無理強いしたのは俺なんじゃて。」
「…っアダム!」

イヴが申し訳なさそうに彼に頭を下げる。それをアダムが庇う。慌ててそれを訂正しようとするイヴ。

庇い合う二人。それが憎くて憎くてたまらない。彼の表情は険しくなる。


禁断の赤い実。知識の実ともいうその甘い実を二人が食べて、二人が恋を自覚してしまう事が神には怖くて仕方がなかった。





イヤダ。



アダムが自分と別の存在のものになるなんて。




嫌。



駄目。







────許さない───。




ざわりと大気が揺れ動く音。神の心情を反映して、美しかった世界が闇に変わる。
青かった空は黒く重い雲に覆われて、咲き乱れていた花は枯れ、生き物たちは怯え楽園から逃げ出していく。


「まったく、嫌になるな。」


するりと彼の手がアダムの首に絡み付く。イヴが止めようと叫んでいるが、そんなもので彼が止まる訳がない。
笑っていない蒼い瞳がアダムの蒼い瞳を捕らえる。

「なんで?どうして俺が……。気付いててお前はイヴを選んだんだろ?」

ギシ、と擬音が付きそうなほど指に力を込めて、神はアダムに詰め寄る。


手に入らないならいっそ、壊してしまえばいい。

そんな思考がよぎった。


苦しげに歪むアダムの表情。はッ、と掠れた息遣い。

「………‥、ん‥」

アダムの口が動く。絞り出そうとした声が出ていなかったのだろう。聞き返そうと彼の指の力が若干緩む。

「‥…ッ‥、‥すまん…‥」


これが命乞いをする謝罪だったらどんなに楽だっただろう。しかし実際アダムの謝罪は違う。ただ単に謝っている。それが何を意味するのか、神である彼には分かってしまったのだ。

するり、と今度は彼の手がアダムの首から離れる。荒い呼吸を繰り返すアダムにイヴが駆け寄る。

「もう、いいよ。出ていってここから。」


くるりと二人に背中を向けて神は荒れ果てた楽園の中心部に向かう。そして二人は全く逆の方向へ。楽園から別の世界に向かった。












二人が楽園から追放されてしばらく、アダムとイヴの楽しげな生活を神は楽園から見つめていた。荒れ果てた楽園の中心部、湖に写し出される世界。

楽しげに笑う男が二人。

楽園から追放してなお、こんなにも愛しいと感じる。遠い遠い場所。もうこれ以上二人を見たくなどなかった。





イヴなど造らなければよかった。

いやそれよりも前に

アダムなど造らなければ。




嫉妬と後悔と、様々な心が神を押し潰しそうになる。そして彼は、ふと思い付く。




二人など見えなくなるほど、人間を造り出せば良いのだ、と。



それから彼は永遠に人間を造り続けた。神の力を削って、男も、女も、子供も、大人も。徐々に力がなくなっていくのを分かりながら、それでも彼は人間を造り続ける。時に楽園の残骸さえ使って。そして全ての人間は二人のいる世界に住まわせた。




101人目の人間を造り上げ、神はついに力を使いきった。全ての力を使い果たした神の姿はふっ、とまるで初めからそこになかったかのように消えてしまった。
101人目の人間は、神と瓜二つ。101の内唯一彼が蒼い瞳を与えた、最後の欠片。彼もまた、当たり前のように二人の世界わせても、願いなんてひとつも叶わない。



それも当たり前だ。




あの日、神は力を使い果たして消えてしまったのだから。





しかし神に造られた人々は信じる。





美しき楽園と神の存在を。



そしてー………、



「‥…おう‥…。…仁王…?」
「…………ん‥、」

幸村の入院する病院。恋人と二人きりだった事が気を緩めたのか、仁王は幸村のベッドに突っ伏して寝てしまったらしい。

「そろそろみんなが来る時間だから起きないと、な?」

フフ、と妖艶に微笑む幸村の笑顔。それを見て思わず抱き締めた。先程の夢が鮮明に思い出される。神を独りにさせたアダム。神と幸村が重なる。





どんなにアダムを想い続けたのだろうか。何よりも大切にしようと思うほど、壊してしまおうと思うほど、自分の力を使い果たすほど。困惑していた幸村がそっと仁王の背中に手を回す。

「…怖い夢でも見たのかい?」

優しい声と暖かな温もり。

「…すまんかったの。」
「………何の話だい?」

意味が分からなくても笑顔で対応する幸村の優しさ。それ以上追求しないように、それでいて突き放さないように。その対応が今の仁王にとってどれだけ報いになっただろう。

「愛しちょる。精市。」
「…もちろん。愛してるよ雅治。」

冬の暖かな日差しが射し込む中、もう二度と独りにしないと誓うように、唇を重ねた。

「パーティーしにきましたっ………よ……。」

そこに勢いよく入って来たのは切原。なんというタイミングの悪さだろう。

「あ……………。」
「……………。」

空間の時間が止まって数秒。のそり、と仁王と幸村は互いの体からから手を離し、小さなため息を付いた。

「あんたらこんな所で何してんッスかーーーー!!」
「赤也ぁああ!病院内で大声を出すなと何度言えば分かるのだ!!」
「真田くんも静かにしたまえ。」

賑やかな声達が集まる。仁王の誕生日を祝おうと部員達が集まったのだ。部室では幸村が参加出来ないと誰かの誕生日の度、幸村の病室で開かれる誕生日パーティーはもう定番だった。


ちらりと仁王が視線を上げると、そこには楽しげに光景を見つめている幸村がいて、その笑顔をいつまでも守ってやりたい、と心底思ったのだった。












***








「のぅ柳生。神様って信じるか?」
「何を急に…。」

既に陽は落ちた誕生会後の帰り道。仁王は唐突に柳生に尋ねた。幸村は何も知らない雰囲気だったが、もしかしたら柳生ならあの不思議な夢の何かを知っているかも知れない、と。
至って真剣な仁王の様子にため息を付いて柳生は呟く。

「…“居た”とは思いますよ。」
「………!…柳生、お前さん…‥。」

その台詞に思わず反応した。柳生のその言い回しが余りにも今日の夢を型どっているようで。見開いた瞳で見てくる仁王にひとつ、笑みを向ける柳生。言葉はないものの、実際には会話がそこにはあった。

「私も誕生日に夢を見たんです。それから頻繁にその事を見ました。いえ、見ています、というのが正しいですかね。」

柳生は考えるようにどこか遠くを見つめて、思い出すように瞳を閉じた。

「もう、二度と繰り返したくはないですけどね。」

寂しそうにする彼を見たくないというのは互いに一緒だった。

もう二度とあんな“誤解”を生み出さないために。

「あいに恋人おるしのう?大丈夫じゃろ。」

それに頷く仁王。


「俺、幸村にベタ惚れじゃし。」

と付け加えて楽しげに笑う。柳生は呆れたように笑いながら親友のノロケを聞く。



アダムとイヴは結ばれた訳ではない。

確かに互いを好いてはいたが、それはまた別の愛。しかしそれを理解したのは楽園を後にした時だった。禁断の実によって得た知識。愛の違い。

確かに神とアダムは愛し合っていたのに、神とアダムは愛し合うことは出来なかった。


「幸村も、誕生日に夢見るんかの?」
「どうですかね。幸村くんが神の生まれ変わりなのか、それとも造られた人間の生まれ変わりなのかは分かりませんし。」




箱は開けてみなければ分からない。



その先はまた少ししてからのお話。


「神様にお祈りでもしとくかの。」
「…何をですか?」
「秘密ナリ。」









Fin...

















あとがき。
とりあえず仁王おめでとう!!アダムと神様の仁幸ネタは前々からあったのですが、今回急遽それを引っ張り出してきました。
ただギリギリまで悩んだのがイヴ。ポジション的にはすごくすごく柳生にしたかったんですが、そうするとすごく当て馬になっちゃう柳生。ならば!と無理矢理恋人います!みたいな設定を付け加えてうにうにと…。
うぅむ。誰が相手かはお任せ致します(笑)

色々消化不良だーー(汗)

あの……すみません(爆)

HAPPY BIRTHDAY MASAHARU NIO 2008.

俯いた彼の髪の隙間から見える口元は笑っているのに、声が、空気が笑っていない。


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