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不二がいなくなったと聞いたのは部活が始まる数十分前。菊丸曰く昼休みが終わってから姿が見えなくなった、と。全国決勝、王者立海との対戦を数日後に控えた今日。そんな日に部活をサボるなど、レギュラーにあっていいはずもない。それでも飄々とした顔でそれをやるのが不二。

部活終了後俺は不二を迎えに行くべく、とある場所に向かった。
全国優勝を誓った、あの場所。

「やはりここだったか。」

キィ、とドアの鈍い鳴き声。錆びかけた手すりに肘を掛けて不二はいた。

青春台が見渡せる廃墟。中は瓦礫だらけなのに対し屋上は何もない。何もない代わりに、俺がドイツから戻ってきて二人で誓いあった。『全国で優勝しよう』と。もしくはただ俺だけの願いだったのかもしれない。

「少し、考え事。」

呟いた不二はこちらを見ない。まるで俺が来るのを予知していたかのよう。

帰ってきてからの不二は俺がドイツに行く前の不二とは違っていたから。勝ちへのこだわり。それが不二のテニススタイルに変化を与えていた。その変化に少しでも不二の気を止めようとしているだけなのか、と時々考える。

「体調を崩すぞ?」

太陽が落ちかけてきたとはいえ、きっと不二は昼間からここにいる。心配になり不二の横に立ち様子を伺う。しかし違う意味で不二の表情にドキリと心臓が震えた。

あまりにも切なそうな表情。

うん、と小さく頷きながら苦笑を向けたそれが、心臓を締め付ける。

「…どうした?」

怒ろうと思っていたのにこんな顔をされると何も言えなくなってしまう。夏の風がふわりと空間を駆け抜けて消えた。

「いや、手塚とテニス出来るのもあと少しなんだな、ってさ。」

普段の不二からは予想出来ない切ないセリフ。俺は瞬間目を見開くがすぐに目を細めた。


ーー不二に秘密事など、無謀だったか。


「いつから?」
「大分前だよ。手塚の様子がおかしかったしね。」

赤く照らされた横顔。俺は何が言える訳でもなくて、口を閉じた。何も言わなかった事で不二を傷つけることなど分かりきっていた。それでも言わなかったのは、それで俺たちの関係が崩れる事を恐れていたから。


一度大会中に来たアメリカ留学の話。それを承諾した。より高い目標を持つことで自分に決心を付ける為に。王者立海との対戦に向けて自分を追い込む為に。ただ『楽しかった』で中学時代のテニスを終わらせたくなかったんだ。

「寂しくなるな。手塚がいなくなっちゃうなんてさ。」
「……すまない。」

口にした謝罪。理由を分かってか不二がクスリと柔らかい笑みを浮かべた。

「謝るなら早くグランドスラム達成して帰ってきてよ。」

思わず小さく声を漏らした。それはつまり、帰りを待っていてくれるという事。関係の継続、それを意味していた。
軽い触れるだけの口づけをし、不二は俺をそっと抱き寄せた。抵抗する事なく俺は不二の肩に頭を乗せる。

「早く帰ってきてくれないと僕、別の人抱いちゃうから。」
「な……っ!」

咄嗟に顔を上げたそこには微笑む不二の切ないほど優しい顔。思わず息を飲んだ。

「冗談だよ。」

耳元に囁かれて、やっと安堵から体から力を抜く。クスクスという堪えるような笑い声がやけに心地よい。

「でも早く帰ってきて。待ってるから。」
「……あぁ。」



そしてまた、二人の誓い事がひとつ。

互いが互いを引き留める為に。

互いが互いと繋がる為に。


風がやわりと二人を包み込み、そのまま摂理に従いやわりと消えた。


「その前に全国、優勝しなきゃね。」
「そうだな。」




それから約10年『手塚国光』という名前が世界を騒がせた。





『手塚、おめでとう。』
「あぁ、ありがとう」

電話越しの声。街中を歩きながら、その優しい声に和みを感じる。テレビ越しに俺の試合を見た、と嬉しげな声が告げた。

『ねぇ手塚。後ろ、見て?』
「………?」

疑問に思いつつ振り替えるとそこには栗色の髪を風に靡かせる一人の男。

「……ふ…じ‥。」
「久々。」

クスリと懐かしい微笑み。携帯は通話中のまま切ることさえ忘れてその姿を見つめた。

「おめでとう。我慢出来なくて来ちゃった。……ごめんね?」

明らかに高くなった身長。それでも独自の柔らかさは未だにあって、すぐに分かった。
ゆっくりと抱き締められて、涙腺が緩みそうになるのをぐっと堪えながらふるふると首を振り抱き返す。

懐かしい香り。変わらない暖かさ。より増した互いへの想い。


愛してる。


言葉にしなくても伝わる言葉に、安堵ばかり覚えた。



Fin...





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