[携帯モード] [URL送信]
1/1


貴方に伝わらない想いひとつ。


貴方に伝わらない願いを隠して。


たったひとつなのに


そのひとつがとても難しくて、



きっと貴方も同じだから



それでも伝えられないから







『One-way traffic』








全国大会の全てが終わり、まだ東京は暑いはずなのに夏は終わりを告げようとしていた。優勝という栄光を手に入れた。1年の時からの夢。その為に何もを乗り越えてきた。それがやっと叶った。嬉しさから思わず笑みが漏れたほどだ。

そう嬉しいのだ。嬉しいはずなのに、手塚は喜べずにいた。夏の終わりはつまり、彼との別れを意味していたから。
お互い3年でまた来年、なんて約束が出来る訳もない。手塚自身は高校に入ってもテニスを続ける気でいたが、彼は分からない。

もやもやとした想いが淀んでは積もっていった。

「ねぇ、手塚。」
「………いんだ。俺が行った所で何もならない。」

風がコートをすり抜ける。もう二度はこないであろう青学のコートの広さに目が眩む。足を向けるのは彼の元ではない。部室に向かって。自分の荷物を取りにいくために。別にこれを理由に逃げている訳ではない。ただ単にそちらに向かう理由がないだけ。

「お前こそ向かわなくていいのか?」
「行きたいけど……。」

口ごもる不二。分かっている。どんなに不二が手塚を想って、心配してここにいてくれるかぐらい。ただ今の手塚に取っては余計なお世話でしかないのだ。叶わないと分かりつつ素直になるなど、ただの羞恥でしかない。

「行きたいなら行けばいいだろう。俺は行きたくない、それだけだ。」

部室のドアを開けて、中に入ってゆく手塚。『何もない』を装いながら瞳が微かに揺れている事にさえ気付かせないように不二に背中を向けた。

微かな沈黙と湿気にまみれたじめりとした部室内。遠くで吹奏楽部が練習してる音が聞こえる。始業式に弾く校歌だろう。

「……………ウソつき。」

ポツリと呟いた不二の台詞が一瞬聞き取れずに振り向いて数瞬、手塚はゆっくりと目尻を吊り上げた。

「本当は行きたいんじゃないのかい?会いたいんだろう?木手に。」

ぐっと拳を作る。触れてなど欲しくない。誰も俺の想いなど分からない、そんな想いがぐるぐると巡った。

「もしかしたら二度と会えないかも知れないんだよ?」

不二の言葉には友人として、常に青学を支える手塚を理解してくれた友人以上の友人────そう、親友としての願いが込められていた。しかし手塚はそれに気付かない。

「…もう言わないでくれ。」
「…………え?」

視線を合わせようとしなかった手塚がやっと不二に視線を合わせた。しかしそれは全てを拒否するような閉鎖的な瞳。

「お前に俺の気持ちの何が分かる…っ」

眉を潜める不二の心境など分からない。しかしそれ以上に不二に自分の心境が分かっているなど思えなかったのだ。苛立ちを不二に向けて、止まらない想いが溢れるのさえ止められない。

「俺では駄目なんだ…。俺では木手にあんな表情をさせてやれない…。」

手塚が言うのは青学の優勝が決まった次の日の事。青学レギュラー全員で打ち上げだと街で歩いている時、手塚は見てしまった。木手と平古場が東京観光をしている姿を。それだけならまだ普通の事だったはずなのに、手塚は感じ取ってしまったのだ。木手の表情の僅かな柔らかさとそれに込められている特別な想いに。

その手塚の刹那の横顔を見た不二は、今にも泣き出してしまいそうな気さえした。

その出来事があってから手塚は意識的に木手を避けた。一度せっかく沖縄から来てるのだからと合同練習が行われたが、その時でさえ手塚は木手を避けていた。

「悪いがもう二度と木手に合うつもりはない。」

心を掻き乱す彼に、嫌悪感さえ感じていた彼にこんなにも惹かれているだなんて思いもしなかった。少し距離を置いてみて初めて分かる感情。それが異常に苦しい。

「らしくないね。」



「……何を。」

柔らかい笑みを浮かべた不二はそのまま手塚の肩を引いて顔を向けさせる。雫を指先でそっと拭って、跡を辿るように指を滑らせる。

「じゃあ何で泣いてるの?」
「………。」
「泣くほどつらいなら我慢しないで行っておいで。自分の気持ちに嘘ついたらダメだよ。」

不二独自の笑みに想いを抑えていた何かがカタリ、と音を立てて外れた。

「手塚には手塚しか出来ない事があるから、ちゃんとそれを伝えなきゃ、ね。」

そっと手を離した不二に一言、すまない、と。意味を分かっているのかいないのか、と苦笑を浮かべて不二は手塚の背中を押した。

「僕は鍵閉めてから追い掛けるから。」

一度振り返り言葉を確認した手塚はそのまま不二に背を向けて走って行った。迷いなどない。それが不二に安堵を覚えさせる。
間に合うか否かは五分五分。あとは手塚の気持ち次第。

「キミにはこんな想いはしないで欲しいんだ……。」



貴方に伝わらない想いひとつ。


貴方に伝わらない願いを隠して。


たったひとつなのに


そのひとつがとても難しくて、



きっと貴方も同じだから



それでも伝えられないから



だから僕は伝えられないから



ぽたりとひとつ雫が頬を伝った。



Fin























one-way traffic⇒一方通行。
いわゆる四角関係というやつですねー。ちなみに木手と平古場が付き合っているかいないかは想像にお任せするという形で。して更にどっちが左でどっちが右かもご想像にお任せしますー。



第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!