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強い絆。

それは互いを引き付ける。

互いを求め合い、強い愛を生み、そして全て渡しても良いと。


しかしその強い絆は



時に重い鎖になる。



『夜想曲〜desire〜』





青から藍に変わる境目あたりの世界。そこには何もない。ただぽつんと立つ和の建物。広い畳の部屋に長い赤の着物を引きずりながら窓の外を見る男性。その格好とキレ長の瞳は女性を思わせるもののれっきとした男性。

窓の外は微かに煌めくモノが数百、数千と散っている。もう数十分もすれば微かなモノははっきりとしたモノになって大きな河を作るだろう。

「そろそろ支度しんしゃい、手塚。」

手塚と呼ばれた男性は音もないまま静かに呼ばれた方に視線を移す。部屋に顔を出すのは銀髪の男性。蒼い瞳に赤い着物を映すともう終わってたか、と小さなため息を漏らした。

「今日も夜は来るのか…。」
「仕方ないじゃろ。そうゆう運命じゃて。」

いかにも不満気な声に銀髪の男は刹那につらそうな表情を浮かべた。『仕方ない。』諦めの言葉を何度口にした所で足りない。それなのに何度も口にしなくてはならない。それが何ともたまらないのだ。

「仁王、お前は何も言わないな。本当に。」

表情の変化はあっても決してそれを口にはしない。酷い時は表情にさえ出さない。それが銀髪の男──仁王である。

沈黙のみの空間。窓の外は金に光るモノ。手をのばしたら届いてしまいそうなそれらは悲しい時間を告げる合図。

「さ、いくか。」

何事もないように手塚の手を引いて歩き出そうとした仁王はそれに失敗する。手塚に手を引かれたからだ。どうした、と問えば十分な数秒の沈黙を作って視線を反らしながら口を開いた。

「どうしても行かなければならないのか?」
「………。」

仁王は何も答えない。何故そんな事を聞くのか、と理由を求めるように、ただ手塚を見つめる。その瞳はどこか冷たい。

「あの男の所に行きたくないんだ。俺が一緒にいたいのは…ッ!」

そこで言葉は止められた。唇を塞がれ目を見開く手塚。しかし唇を塞ぐのは仁王の唇ではなく冷たく冷えきった仁王の指先。口元全体を覆う手と鋭い瞳に手塚が怯んだのを確認してゆっくりと手を離した。

「それは言ったらダメじゃ。運命は運命。手塚、お前さんの運命の相手はアイツ。織姫と彦星は結ばれなくてはならないんじゃ。」

そう、それは絶対。そうなくてはならない。それが崩れれば世界全てが崩れる。

「そんな事、誰が決めたんだ。」
「さて、誰なんかの。」

軽い調子で答えているも内容は軽いものではない。

「織姫が女だとか、二人が互いに想い合っているだとか、そんな事人間の空想だ。俺の意思ではない。」

一年にたった一度の再開の約束。それは決して正しいものではない。そんな物、存在などしない。織物を織らなくなった?織らせなくしたのは紛れもなくアイツだ。織ろうとしてもアイツに負わされた怪我が、腕が痛む。

人間はあること無いことを組み合わせて新たな真実であるべき事を作り上げる。

毎晩、河が出来ると会わなければならないのだ。河の向こうからの手塚への強い愛故に、定められた運命故に。

「俺もお前さんも非力なんじゃよ。ただ存在しているだけでも感謝しなければならん。歯向かえば、世界の秩序を乱すだけじゃ。」

その場から逃げれば星の填まるべき青い空の流れは止まる。古から受け継がれてきた自分の場所と、人間たちの勝手な妄想と、それが手塚に自由を許さない。

「……それでも…。」
「人間の願いを裏切るんかの?」

言葉は紡がせない。否定など聞きたくなどない。仁王も手塚と同じ気持ちだから。だけど。

「七夕や短冊に込めた想い。恋人たちの甘い時間。下界にはあるらしいぜよ?織姫と彦星への想いのノクターンって曲が。」

ノクターン第9番。ショパンによる、甘く切ない恋人のピアノ曲。その曲は手塚も知っている。河の向こうに行けば必ず聴かされる曲だ。その曲を聴く度に涙が零れる。購えないと知らしめられる運命─彼を愛さなければならないという強制的な愛しさに─。

「……だからなんだって言うんだ。」

抑え続けた想いさえ、




もう限界。





数憶年もここに居た。数憶回、いやそれ以上に河を渡った。繰り返す自分の望まない行動。終わりの見えない運命。


壊シテ、運命ノ鎖ヲ。


「止めてくれ。」

手塚を柔く抱く、肩に触れている手は震えている。切実に、心の底から。どうか、祈るような声。

「お前さんが居なくなったら全てが崩れるんじゃ。」

止めろと…?こんなにも我慢してきたのに、これ以上我慢しろというのか?俺は、


嫌だ。


「俺がいなくなってもひとつの光が消えるだけだ。」

こんなにも愛しい人が近くにいるのに、違う人と結ばれなくてはならないなら、居なくなりたい。

「違う…。」

冷えた空気に仁王のトーンの低い声。分かってくれ、と瞳が言っているのに気付いて手塚は視線を反らす。何が違うと言うんだ。

「お前さんが居なくなったら、……俺が耐えられん。」

予想していなかったセリフに目を見開く。呼吸さえ聞こえないような静寂に微かにピアノの音が響き始めた。曲はもちろんノクターン第9番。きっと速く来いとアイツが急かしているんだろう。

「そしたら俺はきっとお前さんを追って消える。俺が消えたら世界は壊れる……、じゃろ?」

仁王の役割は今そうあるべき事を保つ事。今仁王が手塚にしているように。しかし、今の手塚に対する言葉は手塚だからこそ。そして仁王の消滅は全ての世界を消滅する事と同じ。保とうとする存在が居なくなるのだ。必然的だろう。

「………。」

唇を噛み締める手塚に、仁王は笑みを漏らした。わがままですまん、と小さく一言。

「………さ、今度こそ行くかの。」

手塚の手を引いて、彼の元へ連れて行って。どうか手塚の気持ちも奪い取って欲しいと願う。

愛しいけど悔しいのは、愛せないと言う真実。


「いっそ月が出なければ……世界がいつも太陽に照らされていれば、お前とずっといられるのか…?」
「……有り得ない話じゃな。」


ノクターン第9番。


ショパンによる恋人たちのピアノ曲。


しかし彼らに取っては、


只の重し。


今日も光るベガは、何を想うのか。








Fin....







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