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赤い薔薇。一面に凛として咲くそれ。手塚はその永遠に続くかのように思えるそれを、遠い瞳で見つめていた。長く、長く続く。一面、赤、紅、緋、朱。
微かな色の変化。そして微かな成長のずれ。それらは彼――跡部が好きだった花だ。この広い宮殿に、それに見合った広い庭を彩る為の。趣味が理解できない、と言った事もあったが、その花と跡部の横顔は嫌に絵になる、と思う。手塚は微かに瞳を細めた。


なぜ跡部が薔薇を、しかも赤い薔薇を好いていたか、今なら理解出来るような気がした。もしも、跡部が黄や白の薔薇が好きだと言ったのなら、それは永遠に理解出来ないものだったのかもしれない。情熱。愛情。美。模範的。どれをとっても跡部そのものを表す花言葉。跡部だからこそそれに見合う言葉たち。

手塚はそれを思いながら一つの薔薇を詰んだ。手に棘が刺さったがどうでもよかった。薄く赤をつくり始めた、まだ蕾の薔薇。花言葉は。


―――――純潔。


もうひとつ。


――――――私はあなたに尽くします。


そして、そこに付く葉。それも花言葉がある事を幸村から聞かされていた事があった。それが花言葉と言って正しいものかは分らなかったが、確かにそれには意味があるのだと。その赤い薔薇の葉。それは。



「……あなたの幸福を祈る。」


強く吹いた風に、真っ赤な薔薇の花弁が舞った。手塚の呟いた言葉と一緒に、遠くに言葉を届けるように。






跡部景吾。その名を知らないものはここ周辺には存在しないだろう。派手好きなこの国の王。この大きな宮殿に住む、国を統治する存在。そしてその跡部の国と敵対する国があった。その国を統治するのが幸村精市だった。跡部と幸村と、それぞれの国は二人が生まれる前からずっと敵対していた。それが跡部と幸村との、互いに強気な性格が拍車を掛けて隣国故に争いは絶えなかった。

手塚がどちらに属すかと言えば、それは幸村の国だと言うしかないだろう。幸村の側近。国民の声を背中に受ける、戦争となれば先陣を切るぐらいの力量を持つ兵士なのだから。


それなのに手塚は、跡部に惹かれてしまったのだった。あの強い眼差しに、弱さを見せない背中に。命を助けられた時に。一度跡部の側近と言われていた男と剣を交えた時があった。薄い茶色の髪に蒼い瞳が印象的な男だった。その男が膝をついた時、手塚の剣が男の肩に一度触れる。そして剣を振り上げた時だった、また男とは違う刀の切っ先が手塚の目の前に現れたのだ。そして男は驚いたように言葉を洩らす。『あとべ。』と。そして跡部は手塚をひとつ睨んだあと、強気な笑みを浮かべ剣を下ろしたのだった。

「今度は油断すんじゃねぇぞ?手塚。」

ふっと浮かべたその笑みに、心臓が跳ねたのが分った。油断した自分に、完璧に負けたという事実に悔しくなる思いもあった。しかし、それと同様に違う感情が芽生えたのが手塚には確かにあったのだ。


それからしばらく、手塚が御隠れで跡部のこの宮殿に来た時、跡部は楽しげに「遅かったじゃねぇか。」と笑って見せた。敵国の兵士である手塚に、だ。


柄ではないが手塚は『運命』なのだと思った。『愛しい』と思った。国民の事を思う跡部は誰より勇ましく、男らしいのだと。何度も跡部の宮殿に足を運んだ。それが禁忌だとしても。


しかし、そんな状況も長くは続かなかった。二つの国の力に差が出始めたのだ。母国の反映。そして、もう一国の衰弱。それは幸村の様々な策略が張り巡らされた結果で、手塚は自分の国の王と分りながら、彼の行動の非情さに時々目を見張るものがあったぐらいだ。それがこの長年敵対してきた二つの国の、終止符を打つ結果に繋がるのだった。


「跡部を殺せ。」

直接幸村から、そう、命令が下ったのはつい昨日の事だった。お前なら出来るだろう?そう告げる幸村の瞳は弧に歪んでいた。まるで、お前の行動の全てを把握している、と言わんばかりのその台詞に、ゾクリと背中が震えたのが分った。
正直、手塚はいつかこんな命令が下るような気がしていた。幸村の性格を考えれば、誰だって容易く予想がつく未来である。そうなれば、手塚の考える事はひとつだった。愛しい人を殺す、だなんて選択肢を手塚はあえて選ぶ事は出来ない。と、決心をつけて手塚は理解した風を装い、頷き、幸村に背を向けた。

「あ、そうそう。」

そこで、幸村は手塚を引き留める。声は至って楽しげだ。まるで優越感に浸っているような声。振り向いた手塚は一瞬動きを止める。

「自分が死ぬなんて事したら、次の日には君の愛しい人が国ごといなくなっちゃうかもね。」

ふふ、と口元に手を寄せて笑う男。この男がそういうならば、それは事実で、逆らう事の出来ない運命だ。

手塚は絶望するしかなかった。愛しい人を殺すか、自害して尚も愛しい人を国ごと滅するか、どちらにしても手塚には選びたくなどない未来だった。自害すればもしかしたら跡部は助かるのかも知れない、とも思った。しかし、跡部が死ぬ確率の高いその未来に自分がいないという更なる不安がある限りそれは選べない。ならば、殺害が失敗した風を装うのはどうだ、と考える。しかしそれは直ぐに結果は同じだと落胆した。幸村の勅命に失敗したという事は、それこそ手塚は処刑されるのが運命だろうし、幸村は隣国への攻撃の手を緩めないのだろう。同じ事だ。


そんな事を考えている間に次の日になった。いつものように宮殿にいくと、そこにはやはり跡部がいた。出来れば、いてほしくなかったとさえ、その時は思った。

「……‥‥遅かったじゃねぇか。」

跡部は微笑んだ。

そこで、手塚はいつもと違う跡部の様子に気づいた。手に握られたそれ。白い枯れた薔薇。それを跡部は手塚に差し出してきた。一見失礼なその行動。しかし、はっと手塚は気付いた。枯れた白い薔薇の花言葉。そう。


生涯を誓う。


と。跡部は何も語らなかった。ただ、剣を向けた手塚の姿を見据えて、嫌に美しく微笑んだ。そして剣に怯える事無く近づいてくる。コツリ、コツリ、と靴と煉瓦のぶつかる音が嫌に耳つく。そして体が触れるぐらいまでの距離。そのまま距離がゼロになる唇。

手塚は何が起こったか分らなった。ただ、キスをしているのだと、そうとだけ現実は告げていた。強引で、息苦しいキス。少しだけ、どこか跡部らしい、と思った。

唇が離れて跡部はふっと笑った。全てを見通したような微笑みで。そして、近場にあった薔薇を四本詰んだ。やはり手が傷つくことなどお構いなしだった。

その薔薇たちを手にもったまま跡部は手塚を見据えた。



薄い青が手塚を捕えた。


微笑み。





「殺せ。」










本当に跡部は全てを見通していたと思う。でなければ、白い枯れた薔薇なんて用意していなかったと。

手塚は遠くを見つめる。

赤い薔薇。一面に凛として咲くそれ。長く、長く続く。一面、赤、紅、緋、朱。
微かな色の変化。そして微かな成長のずれ。跡部が好きだった花。この広い宮殿に、それに見合った広い庭を彩る為の。趣味が理解できない、と言った事もあったが、その花と跡部の横顔は嫌に絵になる、と思う。手塚は微かに瞳を細めた。



赤い薔薇に沈むひとつの体。赤に染みるような赤。



なぜ跡部が薔薇を、しかも赤い薔薇を好いていたか、今なら理解出来るような気がした。もしも、跡部が黄や白の薔薇が好きだと言ったのなら、それは永遠に理解出来ないものだったのかもしれない。情熱。愛情。美。模範的。どれをとっても跡部そのものを表す花言葉。跡部だからこそそれに見合う言葉たち。

跡部はそれらを理解していたのだと思う。でなければ最後の最後で跡部は、今手に握っている花を選ばなかったのだろう。四本の花。三本の蕾に一本の満開の薔薇を。手塚は自分の唇を指先でなぞった。そうそれは跡部からの最後の言葉だった。


――――あの事は永遠に秘密。だと。


手塚が跡部に恋をしたことも。跡部が手塚に生涯を誓うと告げてくれた事も。秘密だと、きっとそう告げたかったのだろう。


手塚はそれを思いながら一つの薔薇を詰んだ。手に棘が刺さったがどうでもよかった。薄く赤をつくり始めた、まだ蕾の薔薇。花言葉は。


―――――純潔。


もうひとつ。


――――――私はあなたに尽くします。


そして、そこに付く葉。


「……あなたの幸福を祈る。」


強く吹いた風に、真っ赤な薔薇の花弁が舞った。手塚の呟いた言葉と一緒に、遠くに言葉を届けるように。






fin.




このお話はもう一つの「rose」と繋がったお話になっております。
ですが、一応これだけでも読めるのではないかと思われます。たぶん…。

ですが両方読んだ方が筋が通るのではないでしょうか、という感じになりますので、もしよろしければもう一つのroseも読んでみてくだされば幸いです!


あきゅろす。
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