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何をすればいい?
何をしたらいい?
何を、俺は望む……?
『illusion is a authentic you.』
「……………夢…。」
ふ、と白い天井が目に入る。ぽつりと呟いた声はただ虚しく病室に響いて、溶け込んでゆく。
毎日夢を見る。部員みんなが集まる部室の中で鋭い目付きで考え込む仁王の夢。仁王は何も話してはいないのに言葉が流れ込むように聞こえてくる。
それには誰も気付かなくて、俺も気付いているはずなのに何も出来なくて。目を覚ます度に次こそはと思うのに何も出来ないままを繰り返す。毎回つまらない白い天井を見つめたままため息を付く。最近ではそれが日課になりつつある。
「おう、気分はどうじゃ?幸村。」
不意に病室の扉が開けば見慣れた銀髪の男の笑顔が目に入る。実際はこんなにも楽しげな表情を浮かべているのだ。なのにこんなにも不安になるのは────。
「今日は真田たちは来ないのか?」
「俺だけじゃ不満かの?」
素朴な疑問を嫌味と取ったのか口の端を上げながらベッドに腰掛けた仁王。仁王はほとんど毎日見舞いにやってくる。真田たちと一緒の時もあれば柳生と二人でくる事もあるし今日のように一人の時もあるし、それは時々によって違う。カバンがドサリと床に落ちる音がした。
「いや、全然。」
互いに呼吸をひとつ。
ゆっくりと近づく仁王の顔を確認した後そっと瞳を閉じる。触れた唇、いつの間にか繋いだ手、触れている部分が熱くなる、そんな錯覚。
「……ん…、何かあったか?」
唇を離すと不意にそんな事を仁王が言い出した。思い当たる事がない俺は多分間抜けな顔をして仁王を見ているんだろう。
「違ったか?なんか元気のう見えたんじゃがな。」
それでも軽く頭を叩いて俺を元気付けようとしてくれる仁王。こういうさりげない気遣いがどれだけ俺を支えてくれたかは分からない。ただ、嬉しさと意味の分からない切なさが込み上げる。
仁王が考え込む俺に困ったような笑みを浮かべた。そして唐突に理解した。切なさの理由。仁王が俺を心配する理由。
「………仁王。」
「ん、どうした?」
ぽつりと呟かれた言葉は幻聴。不意に見せる涙は幻影。分かってはいるんだ。でも、解らない。
「何かあったのか?」
仁王の頬に手を伸ばした。ありはしない涙をそっと拭う。仁王は思わぬ台詞に目を見張っている。そして思わず浮かぶ苦笑。
「何を言うかと思ったら……。何にもあらんがの。何でじゃ?」
おかしそうに肩を揺らすも、俺は至って真面目だ。変なヤツに思われるかも知れない。変に気に触ってしまうかもしれない。それでも俺は、仁王が知りたい。
「夢を見るんだ。いつもいつも同じ夢。」
俺の様子に普段と違うと悟ったのか肩を揺らすのを止めてポカンと俺を見つめる仁王。何を言わせる間を作るでもなく俺は話を続ける。
「みんなで居るのに仁王は一人で何かを考えてて、何を考えているかは分かるんだ。でも、俺は何も出来ない。そんな夢だ。」
もしそれが現実なら。それが怖かったんだ。仁王の笑顔を見る度に、仁王の暖かさに触れる度に、膨らむ不安。
規則的な針の音が数回病室に響いた。
お互いに何も言わない。言わない代わりに抱き寄せられた。跳ねる鼓動が針の音を掻き消す。
「大丈夫じゃて。何も心配せんでいい。幸村はただ病気を治す事だけ考えとればいいんじゃ。」
仁王の台詞に素直に喜べない。誤魔化そうとしている、それが分かったから。何よりその言葉は俺がここ最近一番言われたくない台詞なんだ。病人だから、萱の外。仲間外れにされているような……。
我が儘なんだろうか、こんなにも仁王を心配したいと思う俺は。欲張りなんだろうか、対等に心配し合いたいと思うのは。
「仁王。俺じゃ役には立てないかな…。」
もう殆んど意地に近いのかもしれない。どうしても抱え込まないで欲しかったんだ。だって、夢の結末は───。
「………。」
仁王は何も答えない。代わりに優しい口付け。初めは、はぐらかそうとしているのかと思い拒もうと思ったのだが、その思いは直ぐに消える。後頭部に回された手と絡められる舌。求められている。そう本能的に確信する。
ゆっくりと唇が離れてゆく。それさえ名残惜しくて、もう一度とせがみたくなる。しかし今はそれは出来ない。
「……本当、お前さんには隠し事出来んのかもな。」
ぽつりと呟いた台詞は切なさを物語っていて、何よりもどれだけ仁王が溜め込んでいたのかが気にかかった。
「愛のパワー、だろ?」
「ははっ。」
おちゃらけた前置きを作って二人の空間を和ませる。『聞きたくなったら言ってくれれば止めるからの?』と前置きをしながら仁王が話し始める。
「…そうじゃな、先ずはお前さんの事から。」
「…………は?」
そして何処か遠くを見つめていた蒼い瞳は俺を捕らえる。他の誰でもなくただ俺だけを。そして俺も仁王だけを。
Fin...
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