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愛故に罪を犯した。
愛故に君を奪った。
愛故に…。
僕は全てを捨てた。
『Covered With...』
堕天使。
世の中には天使が存在する。人間のカタチをした、大きな白い羽を背につけた生物。選ばれた生命が天使となって人間の手助けをする。しかし、そんな天使の中にも罪を負うものがいる。
その罪はそれぞれによって違うも、どれも重大なもの。その天使たちの羽は黒く生え代わり、神や天使たちから迫害される。それが堕天使。
そして、ここにも堕天使がひとり。ダークブラウンの髪の毛を揺らしながら眼鏡越しに人間界を見つめる。そこは天界でも一番人間界に──東京に近い場所。故に汚れた空気が漂い、天使たちは誰も入ってこれない。堕天使だからこそ居られる場所である。
「何を見ているんだい?手塚。」
後ろからやって来たのは、栗色の髪を持つ友人不二──いや恋人と言った方が正しいだろうか。彼の背にも黒の双翼。その羽はどこか手塚よりも濃い黒のような気さえする。
「何を見ている訳でもない。ただ、なんとなくだ。」
不二に送った視線を再び人間界に戻して、再び遠くを見つめる。瞳には切なさと、懐かしさと、それとほんの少し愛しさを含める。そんな手塚の様子を満足気に見つめる不二が後ろから、やわりと手塚を抱きしめた。
「ふ、不二……」
どうしていいか、分からない。否定するにはあまりにも大げさ過ぎて、受け入れるにはあまりにも恥ずかしすぎて。
「人間界、行こうか?」
耳元で小さく呟かれた優しい声にどこか安堵しながら、小さく頷く。微かに染まる頬に気づいているのは不二だけ。手塚自身は気づかない。自分の想いにも、不二の想いにも、全ての真実に。
***
「また、ここか。」
二人の下には青春台の町。人々は二人には気づかない。いや、見えてはいない。いつも不二が行こうというと必ずここに訪れる。お決まりの場所なのだ。そして、不二の目当てはとある私立中学校――青春学園中等部だ。手塚はこの場所がとても嫌いだ。なぜか心臓が跳ねる。眩暈がする程に。でも、それは表には出さないように、何とか言葉を選びながら声を発する。他人に弱みを見せるのはそれ以上に嫌いだからだ。
「いいじゃない。僕、ここ好きなんだ。」
気ままに空を飛びながら人間たちを見下ろす不二。言った通りに嬉しそうに見回しながら、手塚の様子を伺う。手塚がこの場所を嫌っている事など不二には分かりきっていた。なれど何度も何度も手塚をここに連れてくる。それは……。
「不二、帰ろう。」
「………もう?」
何も言わずに来た道を引き返す手塚。不満げな台詞を口にしながらも手塚に着いていく不二。いつもこんな感じで二人で帰宅する。不二が連れてくればすぐに手塚が帰ろうと口にし、それ以上は語らない。しかし、不二は何度もここを訪れる。手塚は手塚で『人間界に行こう』という不二の言葉を受け入れて何度もここへくる羽目になる。何度も何度も繰り返し。
「何故、お前は俺をここに連れてくるんだ。」
背中を向けたまま不二の顔を見ることなく問い掛ける。ただ、低い声で。
「…なんでだろうね。なんとなく?」
答えになっていない答え。いつものように微笑みを浮かべながら小首をかしげて見せる。それを不二は分かっているのだ。いつもの自分を。だから、わざとらしくもなく自然とそれを取り繕う。
「………。」
不二は何も言わない。本当のことを。手塚も何を言うこともない。疑問だらけの全てを。
「なんだ、こんな所にいたのか。」
不意に二人以外の低い声。一斉に二人の視線がそちらに向けられる。
「……なんだ、乾か。驚かせないでよ。」
強張らせた身体の力を抜くようにため息をひとつ。何に驚いたか、そんなの分かりきった事だ。誰も口にはしない。
声を発した主、太い黒のフレームの眼鏡をつけた短髪黒髪の長身の男の名は乾。彼の背にも二人同様黒い双翼。
「不二、幸村が探していたぞ?」
「あ、そうだった…。忘れてたや。」
折角いい気分だったに、と先程よりも深いため息。不二と幸村はヤケに仲がいい。二人でよく話をしているし、幸村からの呼び出しも頻繁にある。なぜ、位の高い幸村から不二に呼び出しがあるのか。そんな疑問を持つ者などいない。手塚以外は。
「じゃあ僕はいくね?」
名残惜しそうな視線を手塚に向けながら不二だけが天界に帰って行った。
「…お前は帰らないのか?手塚。」
あぁ。と頷くだけで不二の帰って行った方向を見つめる手塚。膨れ上がる疑問。なぜ、どうして。
「……乾。なぜ幸村は不二にこだわる?」
とても静かな問い掛けだった。沈黙を作り出すような、低い声。乾は気まずそうに太いフレームを指で持ち上げる。
幸村の周りには何十人、いやそれ以上の崇拝者がいる。しかし幸村が呼び出しをするのはいつも不二。堕天使としては位の低い、ましてや幸村を崇拝してる訳でもない不二。そして不二は拒むことなく従い続ける。
「俺に聞かないで直接本人に聞いたらどうだ?」
乾の言った言葉に声を摘める。乾の言う通りなんだ。多分不二に聞けばその理由が分かる。しかし聞けない。それを知ったらそれ以上の事を知ってしまう気がする。天使の中の危険信号がなり響く。
…──聞イテハイケナイ──…。
気にしていないフリをしなければならない。不二を……独占してはいけない。いくら不二を好いているからと言っても。踏み込んではいけない。
「…………。」
ただ蒼いだけの空を見つめる。澄んだ蒼。
「帰るか。」
ポツリと小さな声で手塚が呟いた。
To be continue
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