ぬくもり
それは、月の光が心地よく窓から射し込んでくる夜、もう日付が変わろうかという時間のこと。
明日も依頼があって朝は早い。
少し明るすぎるかもしれない月光、だが睡魔はそんなことは関係ないと現れる。
それに逆らうことなく、深い眠りにつこうとした時だった。
「…銀ちゃーん、眠れないアル」
静かだった室内に控えめの声が響く。
と同時に開かれる襖。
そこに僅かに出来た隙間から、中の様子を窺うように青い瞳が覗く。
「銀ちゃーん、寝ちゃったアルか?」
先程よりも鮮明に聞こえた高い声色。
銀時は半分沈みかけた意識をそのままに無言で相手の出方を見守ることにした。
簡単に言えば、めんどくさい、だ。
せっかくいい気分で寝ようとしていたのに、寝付けないと駄々を捏ねる子供に邪魔されては、いつ安眠を確保できるか分かったもんじゃない。
前例ならある。
あのときは散々な目にあったのだ。
二の舞はごめんだ。
「ほんとに寝ちゃったアルか?寝たふりなんてダサいことはやめるネ、銀ちゃん」
ガタ、と襖の開く音と、少ししてから閉まる音がした。
気配が近付いてくる。
それは左側へと回り、自分をじっと見下ろしている。
なんだか居心地が悪かったが、仕方ない、今は我慢だ。
暫くそうしていると上から溜め息が聞こえた。
「ほんとのほんとに寝てるアル…。これだからマダオは駄目ネ、年取ると早寝早起きが身に付くって姉御が言ってたヨ」
誰がマダオだ誰が!
マダオは長谷川さんだけで十分だ、一緒にすんな!
などと失礼な突っ込みをしておいた。
もちろん心の中で、だ。
「仕方ないネ、…よっと」
え、なんかあたたか………
「…って、かぁぐらちゅわぁああっん!?」
銀時はいきなりの温もりに慌てて目を開けた。
左側には神楽の姿が。
自分の布団の中に潜り込んできたのだ。
ちゃっかり枕まで持ってきている。
その光景に唖然と口を開ける。
すると神楽が目を据わらせこちらを向く。
「なんだヨ起きてんじゃねーかヨ狸寝入りかヨ、…チッ」
「え、なに、チッって言った?!今明らかにチッって言ったよね?!」
「煩いネ、睡眠不足は乙女の敵ヨ、静かにするアル狸天パー」
「ゴリラ勲みたいな呼び方すんなっ!!!…って、は?お前ここで寝んの?」
「そうヨ」
そう言うと、神楽は当たり前のように、用意していた枕に頭を沈め上を向き目を閉じた。
銀時はそんな神楽をぽかんと見つめる。
まったくもって状況が掴めない。
がしかし、いつまでもこうしているわけにはいかないのだ。
何しろ明日は依頼がある。
仕方なく銀時は再び布団に体を沈めた。
「う゛〜〜……」
暫くすると、隣から変な声が聞こえてきた。
気になってチラッと横目で見ると、神楽が目を閉じ唸りながら頭を仕切りに動かしている。
「………何やってんの?」
いきなり添い寝の次はそれか。
何がしたいのかさっぱり解らない。
と言うか、同じ布団の中でそんなことされてたら寝るに寝れない。
「…駄目ネ、ジャストマッチョしないアル」
「ジャストマッチな」
「頭が浮き足立って落ち着かないネ」
「どんなんだよ、それっ!」
「銀ちゃーん、腕貸せヨ」
「はいぃい?!」
銀時は、くるりとこちらを向いた神楽にすっとんきょうな声をあげた。
わからない。
さっぱりわからない。
何故二人が一つの布団で寝て、更には腕枕なのかわからない。
いや、これが恋人同士とかなら疑問なんてないだろう。
だが、相手は神楽だ。
どう頑張っても家族が精一杯だろう。
こいつだってそう思ってるはずだ。
それに、自分はどっかの過激派のハゲみたいなロリコンではない。
断じて違う。
「早くするヨロシ」
うんうん唸っていると、神楽がジトッと睨んでくる。
あれか?
昼ドラの再現でもしたいのか?
このままでは埒が明かない。
思わずはぁ、と溜め息が漏れた。
その途端に神楽の瞳が揺らいだのを銀時は見逃さなかった。
やっぱり何かあるのだ。
予想が確信へと変わる。
だがしかし、素直に本人に問い質してもいいのだろうか。
あの神楽がこの行動。
もしかしたら触れて欲しくないデリケートな問題かもしれない。
さて、どうしたもんか…。
その時だった。
「…あっ!!」
こちらを見つめていた神楽が何かに気付いたのか、バッと起き上がった。
視線を追うと、そこにはジャスタウェイの形をした時計。
丁度0時をまわったところだった。
ナイスタイミング、なんて思っていると、いきなり体が強い力に引っ張られた。
「うわ…っ!?」
予想外の出来事に、力の主、神楽の方へと倒れかかりそうになる。
が、寸前で手をつき堪えた。
「か、神楽…?」
腕の中にある体温。
背中に回された腕。
瞬時に抱き締められたのだと分かった。
「銀ちゃん、誕生日おめでとうネ」
「え……」
言われてハッとなる。
そうか、10月10日になったのか。
最近なんやかんやで忙しくてすっかり忘れていたが、この子はちゃんと覚えていてくれたのだ。
嬉しいと思う反面、何だか照れ臭い。
「おぅ、ありがとな」
銀時は、神楽の頭に手を置き誤魔化した。
それが嬉しかったのか、神楽はパッと上を向いた。
青い瞳に自分が映る。
「銀ちゃんが生まれてきてくれて良かったアル。あたしは銀ちゃんと出逢えて良かったヨ」
銀時はキョトンとした。
次の瞬間、みるみる頬が赤くなる。
それを視認した神楽が、意地の悪い笑みを浮かべた。
「何照れてるネ、いい年したオジサンが」
「…照れてねぇよ」
「耳まで赤いアルヨ〜」
「うっせぇ!」
楽しそうに笑う神楽の頭を小突いた。
もちろん図星を突かれたからである。
「痛いネ何するアル!」
「大人をからかうんじゃありません」
「何だヨ少年ジャンプ読んでるくせに大人ぶってんじゃねーヨ」
「体は大人、心は永遠に少年なんですぅ」
「…下ネタは嫌いネ。お休みマダオ」
「ちげーよ!!…ってオイ!」
冷たい視線が刺さったかと思うと、神楽はバッと布団に潜った。
どうやら本気でここで寝るらしい。
というか、よく考えたら神楽のこの不可解な行動の意味がまだ解っていない。
誕生日を祝いたかったのは分かったが、その結論が何故コレなのか…。
一体誰からの情報なのだろう。
まぁ、こいつの場合昼ドラから抜粋が多いが。
そこまで考えて、ふと、神楽がこちらを見ているのに気付いた。
中々動かない自分が気になったのだろう。
「銀ちゃん何してるネ、早く寝るヨロシ、明日は依頼があるヨ、早く腕枕するアル」
「は?」
何故腕枕に拘る?
銀時は顔をひきつらせながら神楽に訊ねた。
「なぁ神楽、それって誰に言われたの?」
「何がヨ」
「一緒に寝るとか、腕枕だとか…」
「そよちゃんアル」
あの姫さんかぁああ!!!
「そよちゃん言ってたネ。誕生日にはマミーが一緒に寝てくれたって。腕枕もしてくれたって喜んでたアル。だから銀ちゃんにもと思ったネ」
そこまで言って、神楽の表情が暗くなる。
「だけど私、銀ちゃんのマミー知らないアル。だから考えてたネ。そしたら新八が銀ちゃんは私の家族でマミーだって」
それで結果があれか…。
銀時は優しい手つきで神楽の頭を撫でた。
「おいおい、せめてパピーにしてくんない?」
そう言って左腕を差し出した。
一瞬ぽかんとする神楽。
だが次の瞬間嬉しそうにはにかむと、銀時の腕に頭を乗せた。
「何言ってるネ!銀ちゃんは私と新八のマミーヨ!」
「マジでか」
「当たり前ネ!」
そう言って目を閉じた神楽には、今の銀時の表情は見れなかっただろう。
月明かりが眩しいくらいの静かな夜。
静まり帰った部屋の中。
あどけない少女の寝顔と、それを優しく見下ろす親の姿がそこにあった。
END。
(2009/10/20)
――――――――――
あとがき。
なんか途中からワケわかんない展開になりました。
文章力の無さが目立ちますね…
ほのぼの親子大好きなんで、また書きたいなぁ。
なにはともあれ、誕生日おめでとう、銀ちゃん!
…って、書きあがったの20日なんですけどね…
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