薬物には気をつけろ1
この日、万事屋は朝から大変だった。
依頼がたくさん舞い込んできて、なんてありがたい話ではない。
朝っぱらからさっちゃんの奇襲に遇い、それを神楽に目撃され『できちゃった婚だけは勘弁アルヨ』とかなんとか白い目で見られ、タイミング良く現れた新八にも『………』無言で返された。
その後どうにかしてストーカー女を追い払ったのだが、こうして朝食を食べている最中でも何か言いたげな二人からの視線を感じ、居心地が悪い。
箸が進むペースがいつもより遅いのは、きっと気のせいではないだろう。
兎に角万事屋、いや、銀時は朝からとても疲れていた。
そしてまた、更なる疲れの元がやって来ることになる。
「銀時くーん、いますかぁー?」
玄関の外から聞こえる聞き覚えのある声。
銀時は嫌そうに眉間に皺を寄せた。
彼奴が来るとろくなことがない。
これ以上厄介事は御免だ。
「新八、出るなよ」
今にも玄関に向かいそうな新八を制止すると、不思議そうに返された。
「何でですか?桂さんですよね…?」
「バーカ、だからに決まってるだろ。彼奴が来るとろくなことがないからな」
「扱い酷っ!!」
「俺は疲れてんだよ」
「そんなの知りませんよ。どーせ朝まで楽しんでたんでしょ」
「ブーッ!!」
思わず目の前の神楽の方へと噴き出してしまった。
又もや白い目で見られる。
「…汚いアルご飯粒が飛んできたネ、この薄汚れた大人が」
「だぁから違うっつってんだろ!!!」
「何を朝から騒いでおるのだ、近所迷惑だぞ銀時」
突然頭上から降ってきた声に銀時はあからさまに嫌そうな顔をした。
振り返ればやはりそこには幼なじみで戦友でもある桂の姿が。
その右後ろには出迎えにいったであろう新八が立っていた。
「あ゛ぁ?迷惑なのはお前の方だ。お呼びじゃねーんだよ、分かったらとっとと失せやがれ」
「やれやれ、もっと素直にならぬか」
「お前の頭は飾りか?!今の台詞のどこをどーとりゃそーなるんだよ!!」
「貴様は昔からひねくれた男だったからな、フハハハハ」
「人の話を聞きやがれェエ!!!」
「まぁまぁ落ち着いて下さい、と言うか早くご飯食べちゃって下さいよ、片付けるの僕なんですから」
「すまぬな新八君、食事中に」
二人は銀時の存在など無視して話を始めた。
食事中は新八じゃなくてこっちだっつーの!
という突っ込みは音にしないでおこう。
銀時は食べ掛けの朝食に手をつけた。
「いえ、いいんです、もう10時ですしね」
「どうせまた銀時が寝坊したのだろう」
「それが、今日はお庭番衆のさっ…」
「っ、ヅラ!」
残りの朝食を口にしながら二人の会話に耳を傾けていた銀時は、茶碗の中身を急いで口に流し込むと慌てて割り込んだ。
これ以上先程の話は蒸し返したくはない。
こいつはバカだから尚更だ。
「ヅラじゃない桂だ」
「お前、用があって来たんじゃないのかよ」
「おお、そうだった、大事な話があったのだ」
銀時の言葉にハッとなった桂は、誰に促されたでもなく向かいのソファー、神楽の隣に座った。
先程とはうって変わって真剣な空気に、新八は神楽を連れて部屋を出ようとしたが、「君達も聞いてくれ」と言われたので銀時の隣に腰を下ろした。
桂は3人の顔を見渡すと、懐から小さな袋を取り出した。
「銀時、貴様これを知っているか」
手渡された袋をじっと見つめる。
中には光に反射してキラキラと輝く宝石のような石。
直径が5ミリ程度のものが数個入っていた。
「…いいや、知らねーな」
「宝石、ですか?」
「きれーアルな!」
神楽は銀時から袋を奪うと窓の方へとかざした。
更に輝きを増した石に感嘆の声を上げる。
その様子を複雑そうに見つめていた桂が口を開いた。
「綺麗、か。確かにそうだな。…だが、それにはそのような言葉は相応しくない」
「…どういう意味だ」
意味深な言葉に3人は桂を見やる。
視線を受けた男は、一回目を閉じるとゆっくりと瞼を持ち上げた。
「狂羅石」
「きょうら、せき…」
「狂う修羅の羅と書く。またの名を快楽草」
「快楽…って、麻薬みたいなものなんですか?」
新八の言葉に、桂は首を振る。
「それならまだ良かったさ」
「どういう意味ネ」
「快楽の意味が違うのだ」
「意味…?」
銀時が目を細める。
「狂羅石、今巷で噂になっている薬物の一種でな、相当価値のあるものだ。そう簡単に手に入る代物ではない。極一部の天人と攘夷志士の間で取引されているらしい」
「そんな大層なもん、なんでテメーが持ってんだよ」
「無理言って坂本から借りたのだ。ちなみにこれはサンプルだ。本物よりも効果は薄いらしい」
「で、その薬の効果って一体何なんですか?」
「うむ、この薬はな、その名の通り人を狂わせる」
「そんなのみんな一緒アル」
「それがそうでもないのだ。これは普通の麻薬と違ってただの快楽に狂う訳ではない、…憎しみに狂うらしい」
「憎しみ…?」
銀時は目を見開いた。
子供たちもそれぞれ驚いた表情をしている。
「己の中に眠る憎しみを強制的に増幅させる薬、一回の摂取量が多ければ多いほどそれは強烈な憎しみを引き出す。最後には快楽を生み出す程のな」
「それで快楽草、ね…」
「ああ。使用法は至って簡単で、溶かして直接血液に混ぜるだけだ。体内に取り込まれた狂羅石は直ぐに猛威を振るう。最初は凄まじい痛みが襲うそうだが、そのうちに憎しみという快楽に満たされるらしい」
桂は一旦言葉を区切ると改めて銀時を見据えた。
「…そしてもう一つ、貴様に知らせておかねばならぬことがある」
目の色が変わった。
僅かな変化だったが桂とは長い付き合いだ。
目を見りゃそれがどれだけ重要なことかわかる。
銀時は息を飲んだ。
「…何だ」
「村谷鉄蔵を覚えているか」
むらたにてつぞう…
音にせず口の形だけで言葉をなぞる。
聞き覚えがあった。
まだ戦時中のことだ。
一生懸命記憶の星を巡る。
「…確か、昔でかい城に乗り込む時に合流した現地の隊の」
「そうだ、青龍隊の隊長だった男だ」
鋭さをもった声色。
「そいつがどうしたんだよ」
今ので確信した。
だが敢えて聞き返すのは己の性分からか。
こっちの事など手にとるように解るのだろう、桂は用意していたように一息吐き、銀時を見据えた。
「あやつが狂羅石の取引の中心にいる」
「っ……」
やはりそうきたか。
「昔から相当貴様に、白夜叉に執着していたからな。気をつけろよ銀時」
「白夜叉って、銀さん…!」
「大丈夫だって、お前らが気にすることじゃないさ」
心配そうにこちらを見つめる二人にいつものように笑って見せる。
「…銀ちゃん」
まだ何か言いたそうだったが、視線で制すると再び桂に向かい合った。
「で、お前や坂本が知ってるってこたぁ…」
「幕府の連中も知っている」
「…だよな」
厄介だな、と銀時は内心舌打ちをした。
ヘマは出来ないって事だ。
「…彼奴の目的は」
「貴様の想像通りでまず間違いないだろう」
「…ですよねー」
「心配するな、いざとなったらあの男も動くさ」
その言葉にみるみる表情が曇っていく。
そんな銀時に、訳が解らないといった顔の新八と神楽。
「おまっ、もしかして彼奴もこの事知ってんの?」
「当たり前だ。そもそも情報源は奴だからな」
「マジでか…」
彼奴に助けてもらうなんて、それだけは勘弁してもらいたい。
銀時は心底嫌そうな顔をした。
「一体誰なんですか?というか、いまいち話についていけないんですけど…」
「そうヨ、さっきから私たち仲間外れアル!」
我慢の限界か、大人しく二人の会話を聞いていた神楽が桂に詰め寄る。が、桂はゆっくりと視線を落とし拒んだ。
「すまぬなリーダー、その辺についてはあまり詳しく言えんのだ」
「何でヨ!」
「何ででもだ」
「銀ちゃん!」
神楽は勢いよく振り返った。
「家族に隠し事は無しアル!」
悔しそうに食い下がる。
大きな青い瞳がゆらゆら揺れていた。
一瞬心が揺らぐが、しかし、この二人は出来るだけ巻き込みたくはない。
“家族”だからこそだ。
銀時はフーと息を吐くとポリポリと頭を掻いた。
「そんなんじゃねーって、な。ほら、ヅラも話は済んだんだろ?」
ああ、と頷こうとしたところで何か思い出したのか、不自然に止まった。
「あ……いや、一ついい忘れていた。狂羅石のことだがな、あれには依存性はない。だがその分即効性で潜伏期間は一日から十日だそうだ」
「ふーん、効き目は人それぞれってことね…。解毒剤は?」
「ない。だが、このサンプルは坂本が解毒剤開発の為に入手したものだ。完成するまでそう時間はかからないだろう」
「彼奴も大変だな」
どうせ有能な部下の陸奥とかいう女に押し付けるんだろうけど。
銀時は苦笑いした。
「では、俺は帰るぞ。エリザベスの方が心配でな。いろいろと探らせているのだが、相手が此方に気付かないという保証はないからな」
また何かあれば連絡する。
そう言って去っていった桂の背中を見送りながら、
「…なんか足りないなぁと思ったら、エリザベスさんだったんですね」
と新八が呟いた。
銀時と神楽も同時に頷く。
「エリーも大変ネ」
「なんたって、あのヅラだからな」
エリザベスに激しく同情する万事屋メンバーであった。
END。
(2009/10/25)
――――――――――
あとがき。
始めてしまいました、長編!
文章力ないのに、書きたいが為に手を付けた結果がこれです…
どのくらいの長さになるかは葵城次第ですが、果たしてちゃんと完結出来るのか…。
不安を抱えつつスタートしたこのお話ですが、これから万事屋、攘夷、真選組が絡んできますよ。…たぶん
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