短編
あさきゆめみし
邪悪の一切を感じさせない純白の着物を羽織る。
髪を結い、紅をさす。
準備が終わり目を開けば、村の長老から隣の家の爺までがそこにいた。
「すまねえなあ…お前にこんなことさせて」
「おれたちだってやりたくてやってるわけじゃねえんだよ」
「村のためだ、堪忍な…」
口々にそういってはうっすらと涙を見せる。
花嫁衣装の少女はそれには返事をせず、ふと目を逸らして今はもうない父母を思った。
二人がいれば、止めてくれるのだろうか、と考えた。
涙を浮かべながらも村人たちの思いなど透けて見える。ああよかったこれで自分たちは助かると、自分や自分の大切なものが死なずに済んだと喜んでいる。
この薄っぺらい涙がすぐに乾くことを、少女はすでに知っていた。
十年前に少女と同じ道をたどった姉のように慕っていた彼女の時に。その時もやはり村人たちは泣いたが、すぐにそんなこともあったなと思い出す程度となり忘れていった。
だから期待などしない。誰も止めてなどくれない。
受け入れるのだ、自分の心が壊れないように。絶望に心を満たすことはしたくなかった。
だから受け入れるのだ、運命だったと。
水神への花嫁という名の生贄として湖に捧げられることが、自分の運命だったと。
静かに瞼をおろし、暗闇に意識を投じた。
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