短編
ash
ドアベルの音が訪問者の存在を知らせる。
この時間帯の訪問者はここ数か月決まっていた。
「…いらっしゃいませ」
花屋には似つかわしくない無愛想な口調だが、入ってきた青年にはそれを気にしている様子はない。
ただいつものように淡い色の花を数本見繕っている。
「…そちらの花は散りやすいので、入院している方には向かないと思いますよ」
はじかれたように青年がこちらを見た。
どうしてわかったとまるで顔に書いてあるかのような表情だが、一つ忘れている。
「以前に見舞いの花はどれがいいかと何度かお聞きになられましたよね?」
「ああ…」
思い出して頷く青年を横目に、新しく花を数本抜き出す。
彼がいつも買っていくような色合いで。
「こちらなどいかがでしょうか?」
差し出す花を受け取り、じっと見つめたのち気に入ったのか口元をほころばせる。
「これでおねがいします」
ラッピングをしている手元をぼんやりと見つめながら、青年はついといったように話し始めた。
「恋人が…長い間入院しているんです。すっかり弱ってしまって、でもここの花を持っていくとものすごくうれしそうに笑うんですよ」
「…そういっていただけるとこちらもうれしいです。でもきっと、あなたが持っていくから恋人さんも笑うんでしょうね」
そう言うと、彼もまた嬉しそうに笑った。
ドアベルの音が店内に響く。
作業を中断して客を見やると最近突如として足が途絶えていたあの青年だった。
「いらっしゃいませ」
彼はこちらを振り向きもしない。
どこかぼうっとした様子で今までよく選んでいた花を眺め、やがてふいと目を逸らした。
「…これをください」
そういって差し出したのは白い菊の花。
病気見舞いのタブー中のタブーの花。
それはつまり
「…お買い上げありがとうございます」
彼はそのまま無言で立ち去った。もう来ることはないだろう。
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