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哂う、イヌ
5



いつだって自分に忠実だった弟のような存在。

実の弟と同じで、大事で可愛かった。

時に煩わしくてうっとおしくて、比べられることが悔しくて、それでもどうしようもなく愛おしかった。

どこから間違えたのだろう。

どうして普通の、友達じゃ駄目だったんだろう。

今更考えても仕方のないことが浮かんで、胸が苦しかった。

「ねぇ、ミツ。みんなが言うんだ。ミツとあの女が付き合ってるって、お似合いだって…。どこが?って思うよねぇ。ミツは俺のなのに、あんなのと付き合うはずないのにね」

首を傾げ充の青ざめた頬に手を伸ばし、慶はなぞるように指を滑らせる。

冷たい指先にハッとして、充はその手から逃れるように顔を逸らした。

「は、話があるんだ。慶」

「んー?ああ、そうだったね。ミツの顔見たら嬉しくて忘れてた。俺もね、話があるんだ」

ベッドに腰掛け、慶はくすくすと笑いながら充を見上げる。

擽るような声がゾワゾワと充の体を這い上がってくるような気がして、それを払いのけるように充は腕を擦った。

「話ってなに」

慶から離れ、置いていたグラスを手に持ってぐっとあおる。

冷たく冷えた麦茶がスーッと体に染み込み、充は息を吐き出した。

「ミツから言って?」

「……せ、北川さんに近づくのはやめてくれ。それから…、お前が、その、俺のこと好きだって言ってた…ことなんだけど」

慶から目を逸らしたまま充は口を開いた。

自分が言っている言葉がどこかから回っているような、上滑りしているような感覚がして、思わず早口になる。

もっときちんと言いたいことを考えていたつもりなのに、うまく伝えられる気がしなくて充は口を閉ざした。

「話って、それだけ?ミツ」

気づくと、すぐ目の前に慶がいた。

首を横に振りながら充はぼんやりと顔を上げる。

「慶…、俺もお前のこと好きだよ。でもそれは、恋愛の好きじゃない。友達の、好き、だ。だから、お前の気持ちには、応えられない。……悪いけど、しばらく、距離を置きたいんだ…。ごめん」

慶の顔を見上げて、だけど目を合わせることが出来ずほんの少し目線をずらして充はそれだけ言うとごくりと咽喉を鳴らした。

そして顔を上げていることがつらくて、俯いて両手で顔を覆った。

「ごめん…、でも」

「ねぇ、ミツ。これなーんだ?」

続けて口を開いた充を遮るように、慶の声がかかる。

肩に手を置かれたことにびくりとして、顔を覆っていた両手を下ろすと目の前に携帯電話を差し出された。

「…なに?」

「ふふっ、見て、これ」

慶の出した携帯は映像を映し出していて、撮られたものであると分かる。

ざわざわと人の声と、何かの音が聞こえた。

「ミツの話は終わり。次は俺の番ね」

「……慶?」

「ねぇ、ミツ。俺がミツから離れるとか、あり得ないよ。どれだけミツが好きか、まだ分かんないの?」

普段はあまり聞くことのない、抑えた声に充の顰められた眉がさらに寄る。

肩に置かれた慶の手が、ぎゅっと力を込めて握られた。

「いっ…」

「ミツ、駄目だよ。言ったでしょ、ミツは俺のだって。誰にもやらないって、あんなに言ったのに、まだ、分からない?」

掴まれた肩が痛くて身を捩ると、それを押さえ込むように抱きしめられた。

充の肩に顔を埋め、慶が唸るような声を絞り出した。

「ミツの為なら何でも出来るよ。でも離れるのだけは絶対駄目。誰かにやるのも、無理。ミツは俺だけのなんだから」

ぎゅっと痛いほどに抱きしめられ、ヒュッと息を呑んだ。

座っている充を押さえつけるように、逃げられないように抱きしめたまま慶が唸る。

「誰にもやらない。ミツ、頭がおかしくなりそう。苦しいよ…、ミツがいないと苦しいよ」

「慶…、放して」

「ミツ、ミツが悪いんだよ。ぜんぶ、ミツが悪い。ミツが捨てようとするから、いけないんだ。ミツのせい。ぜんぶぜんぶ、ミツのせい」

苦しげな声から一転して、歌うように慶が囁いた。





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