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哂う、イヌ
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夏休みまで残すところあと4日というその日、いつものようにまだ眠気を残した瞼を擦りながら教室の扉を開いた充は、いつものように朝のあいさつを口にした。

だがいつもなら教室のいたるところからそれに答える声が聞こえてくるのに、今日は何故か教室内はシンと静まり返っている。

違和感を感じて、わずかに眉を顰めながら充は教室内を見渡した。

足を踏み出し、どこか落ち着かない様子の級友達に首をかしげ充は自分の席につくとすぐにやってきた友人を見上げた。

「お前、北川さんと仲良かったよな?」

そこまで親しくはないが、顔を合わせれば話をする程度の仲であるクラスメートの田淵がどこか引き攣った顔をして不思議そうにする充に


「北川さんが7組の前田に呼び出されたんだよ。北川さんて朝早いだろ?来てすぐに連れていかれたんだって」

「前田?…誰」

他のクラスの人間の名前を出されてもぴんとこない、呼び出されたという言葉はやけに不穏だったが、意味が分からなくて充は田淵を見つめた。

教室内を見渡すと、頼りになるはずの山本の姿はない。

いつもそう早くから登校するタイプではないから、まだ来ていないのだろう。

「お前知らないの?前田って7組なんだけど、悪い噂が耐えない女だよ。すげぇ派手で、取り巻きの女とか不良っぽい男引き連れて歩いてるのよく見かけるだろ」

「そうそう、その前田が、朝から何人も連れて北川さんを呼びに来たんだよ。ちょっとやばい雰囲気だった」

「北川さん何したんだろ。前田に目つけられるタイプじゃないはずだけど」

田淵の言葉に乗っかって、他の友人達も口を開く。

いつのまにか充の席の周りには数人が固まり、前田について聞きもしていないのに教えてくれた。

偏差値がそれなりに高く、進学校ではあるがやはり素行の悪い生徒は多少なりともいる。

頭が悪くない為に、教師にばれないように悪さすることに慣れている者たちだ。

そして成績さえ落とさなければ教師達もそれほど目くじらをたてたりしない。

実際充がいるクラスにはそういないが、一歩学校を出てしまえば褒められないことをしている生徒もいるだろう。

思春期真っ只中で、進学校に身を置いていればストレスも溜まる。発散したくなるもの仕方ないことなのだ。

そんな中でも7組に在籍している前田という少女はかなり悪い部類に入るらしく、喫煙飲酒は当然のこと売春や恐喝にも手を出しているという噂が実しやかに囁かれているらしい。

「大丈夫かな?北川さん」

人事のように言う友人に眉を顰め、充は目を彷徨わせる。

そしてこちらと目が合うと、さっと俯いた彼女に充はさらに目を細めた。

立ち上がり、顔を青くさせる彼女の傍に行くと、恐る恐るといった風に顔を上げた。

「笹尾さん、ちょっと…いい?」

クラスの中で北川と一番親しくしている笹尾を廊下に誘い出し、興味津々にこちらを見る級友達の視線をさえぎるように扉を閉める。

教室から少し離れた場所に行くと、笹尾が耐え切れなくなったように口を開いた。

「吉野くんは瀬里と、付き合ってるんだよね?瀬里から聞いてたけど、他の人は知らないみたいだったから…」

北川も充もあまりそうしたことを吹聴するタイプではない。だから付き合い始めてまだ間もない為気づいている人間もいるだろうが知らない人の方が多いようだった。

もし皆が知っていたらあんなに暢気に充に言ったりしないだろう。

「吉野くん、瀬里は吉野くんの事が好きだよ。嘘じゃないし、あの子そんなこと出来る子じゃない」

「…そんなこと?ごめん、何があったの?前田さんって子に呼び出されたって、どこに連れていかれたか分かる?」

意味の分からないことを口にする笹尾に、知らず眉間に皺が寄る。

そんな充に、笹尾はハッとしたように目を瞠った。

「まだ聞いてなかった?…噂が、流れてるの、女子の間で。瀬里が吉野くんに近づいたのは、西倉くん目当てだって。瀬里を知ってる子はもちろん信じてないけど、知らない子は噂を信じちゃったみたいで…最近陰口言われたり、嫌がらせされたりしてたんだよ」

笹尾が口にした言葉に、充はハッと息を呑む。

知らず手が震えていて、声が出せなかった。

「その噂、もし吉野くんの耳に入ったら、嫌われてしまうかもって…瀬里落ち込んでた。どうしてそんな噂が流れ出したのか分からないの、多分西倉くんに一番近い吉野くんの傍にいる瀬里に誰かが嫉妬して…言い出したんだと思う。この前西倉くんが瀬里に笑って話しかけたのも大勢に見られてたし…、西倉くんてあんまり女の子にそうやって優しくしないでしょ?気づいたら、瀬里が吉野くんを利用して西倉くんに近づいてる酷い女だって…話になってて…。前田さんって西倉くんをずっと狙ってたみたいなの。西倉くんに近づいた女の子に嫌がらせしたりしてるって、聞いたことあるから…多分瀬里も」

北川を心配しているのだろう、両手をぎゅっと握り締めて言い募る笹尾に、充は大きく息を吐き出し。

「とりあえず、その話はまた後で聞かせて?北川さんがどこに連れていかれたか教えて欲しい」




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あきゅろす。
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