[携帯モード] [URL送信]

落花流水
16



太鼓の音が鳴り響く。
皇帝陛下の訪れを知らせるその太鼓の音に、成花は読んでいた絵本を閉じ床にしゃがみ込んだ。
すぐに扉が開かれ、皇衣を纏った榮植がどこか疲れた表情で入ってくる。
榮植は床に平伏していた成花を抱き上げ、頬に口付けを落としながらいつも成花が横になっている長椅子へと向かいそこに腰を降ろした。
「絵を見ていたのか。 気に入ったのなら、また異国から取り寄せてやろう」
成花を膝に抱いたまま榮植が色彩豊かな異国の絵本を広げ、柔らかな髪を撫でる。
閉じ込めて以来口数の少なくなった成花を気にすることもない。
ただそこに、成花がいればいいとでもいうような榮植にまた胸が痛む。
「榮植様・・・・・」
榮植に抱かれたまま、絵本を見下ろしていた成花が顔を上げると額に唇が押し当てられた。
「成花。 お前の顔を見ると、心が和む」
「榮植様・・・・・。 和子様が御生まれになったと聞きました。 おめでとうご・・・・・」
「その話はいい。 お前は何も気にせずともよい」
成花の言葉を遮り、絵本を放り投げると榮植はそのまま成花が纏っている着衣を剥ぎ取り白い胸元に唇を押し付けた。
首筋を丹念に舌でなぞり、耳を甘く噛みながら下肢に手を伸ばす。
「・・・・ですがっ、皇妃様になられたのであれば、稜宮はっ・・・・あ!」
「政のことはお前が気にすることではない。 お前はこうして、俺の傍に居ればよい」
政、己の息子が誕生したことをそう言う榮植に目を瞠ると、閉じろというように瞼を舌で舐められた。
そして成花を腕に抱き立ち上がると、寝台へと運ぶと自らも皇衣を脱ぎ去り覆い被さってくる。
「榮植様、でも・・・・」
「ここから出られると思っていたのか? 和子が産まれれば、この宮から・・・私から逃げられると?」
成花の小さな身体を抱き潰すかのように覆い被さり、榮植は奥歯を噛み締めるような苦い顔をした。
成花の中にあった、榮植から逃げ出したいと願う心を消し去ったはずなのに。
愛するようになれと暗示をかけたはずなのに、時折見え隠れする己への怖れに榮植は酷く凶暴な気持ちになることがある。
いっそ殺してしまえば、煩わされることもない。
心が全て手に入らないと、苛立つこともない。
だが殺してしまえば、こうして触れることが出来なくなるのだ。
何故成花でなくてはならないのか。
そして何故成花にとって、己が唯一になれないのか。
暗示でいくら己を慕う心を作り出したとしても、最後のところで成花は手に入らない。
それでも、今成花こうして触れているのは、触れられるのは己だけなのだという想いがかろうじて榮植を凶行へ走らせるのを押し止める。
何もかもを手中に出来る己が、唯一欲しても手に入らない物が愛しい者の心とは、何と皮肉なことか。
愛しいと思えば思うほどに、成花の心が遠く離れているような気がした。
「成花、俺を愛しているか」
微かに震える小さな身体を抱き締め、そう問うと成花が潤んだ眼差しで見上げてくる。
細く白い腕が己の背中に回り、しがみ付いてくるのに知らず息が漏れた。
「成花・・・・」
愛しくて堪らない。
そして同時に、酷く憎くて、忌々しい。
己の中にある狂気が、いつか成花を殺してしまいそうで恐ろしい。
「成花、愛しているか」
成花の濡れた眦を舌で拭いながら再度そう聞くと、数回瞬きを繰り返し唇を戦慄かせた。
震える唇に深い口付けを落とし、髪を撫でると成花の身体からも緊張が抜ける。
「・・・して、います・・・。 愛、し・・・・」
「そうだ、それでいい。お前は俺の貴妃だ。 宮から出ることは許さない、よいな?」
愛していると口にしながらも涙を流す成花を忌々しげに見つめ、榮植はまだ慣らしてもいない奥秘へと猛る己を押し当てた。
そして息を詰める成花の口を手で覆い、一気に奥へと突きたてた。
「っ・・・・・!」
背中を反らし痛みを遣り過ごそうとする成花の首筋に歯を立て、ぎり・・・・と音を立てて噛み付く。
口を離すと、首筋からは薄っすらと血が流れている。
一筋流れる血を舌で舐め取り、成花に口付けして飲ませると榮植は身体を起こし勢いよく腰を打ちつけた。
「ああっ・・・・いっ・・・痛い!」
「お前は、ここからは出られない。 俺の貴妃だ・・・・。 俺の、成花」
痛みを与えることで己を深く刻み付けたいとでもいうのか、榮植は痛がり泣く成花の腰を掴み苛立ちをぶつけるかのように律動を繰り返した。
成花の蕾は傷つき、血の匂いが寝所に広がる。
「嫌・・・・、ああっ、い・・・っ」
「子が産まれようが、皇妃が立后しようが、お前をここから出すつもりはない。 お前が嫌なら和子も皇妃もどこか遠くへやろう。 お前が以前のように笑うのならば、殺しても構わぬ」
「っ・・・!」
産まれた世継ぎを成花が望むのであれば殺そうと口にする榮植に、成花はヒッと息を呑み凍りつく。
そんな成花に笑みを浮かべ、榮植が優しく頬を撫でる。
榮植の眼の奥にある狂気のような色が、成花の胸を酷くざわつかせた。
この眼を、どこかで見たことがないか。
吐き気を催すほどの強い血の匂いと黒い水溜り、そして蠢く何かが成花を見つめている。
「っ・・・・ああ!」
だがあと少しで頭にかかる靄が晴れそうになると、それを遮るかのように頭が割れそうに痛んだ。
榮植は成花を見下ろし、頭を押さえ体を震わせるその様子を無機質な眼差しで見つめていた。
そして泣きながら許しを請う成花の口を己の唇で塞ぎ、榮植は成花が痛みのあまり意識を失うまで苛み続けた。



朝日が寝所を照らし始めた頃、目を覚ました成花は隣に榮植がいないことに知らずホッと息を吐いていた。
身体の節々が酷く痛み、起き上がろうとすると鋭い痛みが駆け抜ける。
「っ・・・・・」
再び寝台に伏し、痛む身体を丸めて目を閉じる。
ふわりと花の香りがしたような気がして薄く目を開くと、寝台の横に置いてある台の上に白い花が飾ってあった。
成花の為に榮植が建てている温室では、一年中季節を問わず花を咲かせることが出来るという。
まだ建設途中の為足を踏み入れたことはないが、きっと咲いたばかりの花を誰かが持ってきてくれたのだろう。
甘い匂いに誘われるようにうつらうつらとしていた成花は、だが寝所の扉が開かれたことにハッと身体を起こした。
「いっ・・・・・・」
途端に下肢に痛みが走り、顔を顰めた成花を見て慶那が駆け寄ってきた。
「成花様、医師を呼びましょうか」
「・・・いえ、横になっていれば、大丈夫」
寝台に横たわり深く息を吐いた成花を悲しげに見て、慶那が冷たい水を運んでくるとそれを手渡し、そして耳元に顔を寄せた。
「そのままお聞き下さい。 明日、御子が御生まれになった祝事の為陛下は王宮を離れられます。 この機会を逃しては、陳に会うことは出来ないかと・・。 どう、なさいますか?」
成花に冷たい水の入った杯を持たせ、起き上がる手伝いをしている振りをしながら慶那が耳元でそう囁く。
その言葉に目を瞠り慶那を見つめると、強く頷かれた。
「会えるの・・・・? 汪嗣に、会えるのですか?」
「成花様が望まれるのであれば、会えます。 明日しかありません」
胸が酷く高鳴り、杯を持つ手が震えた。
汪嗣に会える。
そう思うだけで成花の体を歓喜が包み込んだ。
許される行為ではないと理性は訴えるのに、もし榮植に露見すれば極刑は免れないと分かっているのに、それでも汪嗣に会いたいという気持ちは抑えることは出来なかった。
「会いたい・・・・。 慶那、汪嗣に会いたい」
杯をぎゅっと両手で握り締め祈るようにそう呟いた成花を、慶那は微笑みを浮かべて見つめていた。





[*前へ][次へ#]

16/24ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!