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落花流水
14



一切外へ出ることを禁じられ、午後の授業さえ打ち切られた。
ただ毎日前庭を眺め、外に出たいと願う日々が続く。
汪嗣が植えてくれた苗はまだ育つ気配すらなく、汪嗣にも会えないままだ。
だが今日は顔が見れるかもしれない、前庭ばかりを眺めている成花の為に榮植が花を増やしてくれるというのだ。
わざわざそんなことをするのならば、外に出してくれればよいのに。
そう思ってみても、何も言えない自分もいた。
今日は外庭に咲いている花をこちらの庭に植えなおす作業で、汪嗣が来るかもしれないのだ。
それが楽しみで、成花は朝からソワソワして落ち着かなかった。
声が聞けなくても、姿が見れるだけでもいい。
太陽のように温かいあの姿を、少しの時間でも見つめられるのならばそれでいい。
それで少しは、気持ちが晴れるような気がした。
榮植を愛して、傍にいるのに何故こうも汪嗣のことばかり考えてしまうのだろう。
汪嗣の姿を思い浮かべると、とても優しい気持ちになれる。
特に優しい言葉をかけてもらったとか、そうゆうことではないのに何故か温かな気持ちになれるのだ。
それは汪嗣の持つ、優しい雰囲気のせいかもしれない。
人を包み込むような穏やかな瞳に見つめられると、心にぽっと火が灯ったようになる。
そしていつまでも、見つめていて欲しい、見つめていたいという気持ちにさせられる。
不思議な人だと思った。
成花は汪嗣のことを何も知らない、どんな人なのか本当のところさえも知らない。
何故王宮で庭師として働くようになったのかも、今どんな生活をしているのかも。
何も知らないのに、何故こうも汪嗣のことばかり気にかかるのだろう。
自分は、榮植のことだけを考えていなければいけないのに・・・・・。
そうでなければならない、成花は榮植のものなのだから。
「成花様・・・・・」
ぼんやりと考え込んで庭を見つめていた成花に遠慮がちな声が掛けられる。
以前は親しく声を掛けあい、時には笑いあっていてくれた女官達の態度が最近遠巻きになってきていることも寂しくて堪らなかった。
慶那だけが唯一、変わらずに成花に笑いかけてくれる。
「成花様、そちらに居ては庭師からお姿が見えてしまいます。 こちらへ・・・・」
奥の部屋へ連れていこうとする女官に眉を寄せ、成花は嫌だと首を振る。
「ここで見ているのならばいいでしょう? 花を植えているところを見ていたいのです」
「いけません。 こちらへ」
嫌がり駄々をこねる成花の周りを女官達が取り囲み、触れないように注意を払いながら促した。
宇壬がいなくなり、了准がいなくなってから女官達は酷く成花を敬遠するようになった。
当然きちんと世話をしてくれるし、成花を傷つけるような言動はしない。
ただ、彼女達の顔から笑顔が消え、態度が余所余所しい。
それはここ稜宮だけでなく、孔真宮の女官も同じだった。
以前は子供に接するように優しく、親しみに溢れていたのに・・・・。
ふっと溜息を吐いて、成花は仕方なく女官に従い前庭から見えない奥の部屋へと移動する。
そこは稜宮の貴妃が後宮にいる女性たちを招き、茶会を開くときに使われる部屋なのだという。
成花はこの部屋を使ったことはないし、今後も使うことはないだろう。
榮植は、ここを改装して成花の為に温室を作ると言っていた。
そこならば誰も立ち入ることが出来ないからと・・・・。
榮植に逆らうつもりはないが、今の状況は酷く成花には息苦しい。
山へ川へ、遊びに行っていた子供時代が懐かしかった。
成花が部屋に入ると女官がすぐさま扉を閉め、お茶と菓子を用意し手鞠や加留多と呼ばれる異国の玩具、珍しい絵本を揃えてくれた。
そして慶那が成花と部屋に残され、皆はそそくさと出て行った。
「慶那・・・・、汪嗣は・・・、来ているのですか? すぐ、そこに?」
絵本を開き読んで聞かせようとしていた慶那はそれには何も答えず、にこりと微笑むと椅子に座る成花の隣に腰掛けた。
「成花様、見てください。 綺麗な本ですね、遠い遠い、西の国のものなのだそうですよ」
「・・・・そう、ですか」
榮植が成花の為にと遠い異国から取り寄せてくれた絵本は、以前の成花ならば喜んでいたであろう珍しい装丁がなされ、書かれてある文字は異国の言葉だ、到底成花には読めそうにない。
「慶那・・・・、これ読めるのですか?」
「読めません・・・ね。 絵を見て、楽しみましょう?」
朗らかな笑い声を上げた慶那に思わず成花も顔を綻ばせる。
慶那はこうしていつも、成花を励ましてくれていた。
汪嗣に会えないのは辛い、だが成花には慶那がいてくれる。
榮植も、愛してくれている。
だからこれ以上望んではいけない、欲張ってはいけない。
いつか、汪嗣のことも思い出さなくなる日が来るだろう。
忘れなければいけないのだ、もう太陽の光を見ることは出来ない。
だが成花は気付いていなかった。
忘れなければならないというのは、それ程強く想っていることに他ならないということを。




夕方近くになり、作業が終わったとのことで成花はやっと前庭を見ることが出来た。
そこには以前より更に花々が咲き誇り、白木蓮も数本植えられていた。
ただ眺めるだけでなく、近くにいって花の匂いをじかに感じられたら、きっともっと嬉しかっただろう。
懐かしく感じていた白木蓮の白い花でさえ、今では酷く遠いものに思える。
だが宮より一歩も外に出てはならないのだから、傍によることも触れることも出来ない。
それにまだ花の名前を全部覚えていないのだ。
汪嗣がいれば、あの黄色の花がなんというのか、赤い花はなんというのか教えてくれただろうに。
前庭に出るところ手前に置かれた長椅子に横たわり、成花は植えられたばかりの花を眺めた。
つい先ほどまで、ここには汪嗣がいたのだろうか。
汗を流し、成花の為に花を植えてくれたのだろうか。
そんなことばかりが頭の中を巡る。
外に出たい。 空気を一杯に吸い込んで、陽の光を顔に浴びたい。
許されないからこそ、余計に外が恋しかった。
「成花様・・・・」
囁くような小さな声が聞こえ、上半身を起こすと長椅子の後ろに慶那が立っていた。
どうしたのと見上げると、慶那は周囲を窺うように見回し、誰もいないことにホッと顔を緩ませ成花の耳元に口を寄せた。
「陳がこれを・・・。 花の絵と、名前が書かれてあるそうです」
「え!?」
椅子から飛び上がり、成花は差し出された白い紙を奪うように慶那から受け取り、ドキドキと早まる鼓動を抑えてそれを開いた。
「汪嗣・・・・・」
数枚の紙には描かれた花の絵、そしてその名前と、その名のついた由来までが細かく書かれてあった。
なんと言う国から伝来した花なのか、そしてどんな香りがする花なのか、季節はいつなのかまで。
「ぁ・・・・・・」
だが最後の紙には、たった一行こう書かれてあった。


『貴方は今、幸せでしょうか。 そうであって欲しいと、願っております』


成花でも読めるようにと考えてくれたのだろう。
難しい文字はなく、小さな子供に向けて書いたようなものだった。
一緒にそれを見ていた慶那は息を飲み、すぐにその一枚だけを取り上げるとぎゅっと唇を噛み締めた。
「成花様・・・・、これは、処分しておきます。 お分かりですね? これをもし陛下が見たら、どうお思いになるか」
「分かり・・・ます。 でも・・・」
「汪嗣は王宮を追い出されたら、行くところはありません。 陳には親も兄弟もいないのです。 ですからどうか・・・・お忘れ下さい・・・陳のことは」
取り上げた紙を折り曲げ、しまい込んだ慶那は酷く悲しげで、成花はただ項垂れて目を閉じた。
庭師が貴妃に向けて手紙を書くなど、許されることではない。
花の名を書いた数枚の紙はまだしも、成花に向けて「幸せですか?」などと問うのは、皇帝への侮辱に当たるだろう。
だが何故、幸せですかなどと聞くのか。
幸せではないと、そう答えたら助けてくれるのか。
取り上げられた紙に書かれてあった言葉を、胸の中で何度も反芻して、成花は感じたことのない胸の痛みに顔を顰めた。
掻き毟りたいような、もどかしいそんな痛み。
どんな気持ちであの言葉を成花に向けたのか、汪嗣に訊ねたい。
----------会いたい。
会うことは叶わぬと分かっているのに、会いたくて堪らない。
そして会って聞きたい、幸せとは何かと。
汪嗣がどう思っているのか、聞きたかった。
聞いてどうするともう1人の自分が叫ぶ、どう答えてもらったら満足なのかと。
連れ出してほしいとでも、思っているのだろうか。
私は、幸せのはずなのに?
だが会いたくて堪らない、顔が見たい、声が聞きたい、その想いは次第に膨れ上がり。
成花はどうすれば会えるか、そんなことばかりをそれ以来考えるようになっていた。





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