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落花流水
13


稜宮の周りに、常に兵の監視がつけられたのはその翌日のことだった。
孔真宮から戻ると成花はすぐにその重苦しい雰囲気に愕然とした。
成花には何も告げられていなかったのだ。
榮植はいつものように成花を抱いたまま眠りにつき、そして朝は眠り続ける成花を起こすことなく政務に赴いた。
だから何も成花は知らないままだった。
榮植が外庭はおろか稜宮の前庭にさえ成花を出すなと命を出しているなど。
「慶那・・・、これは一体、どうゆうことなのでしょう・・・・。 何故・・・」
驚き顔を青褪めさせた成花に慶那は落ち着くよう温かなお茶を出してくれた。
椅子に腰掛けそれをゆっくりと震える手で持ちながら、成花は同じく青褪めている慶那を見やる。
「分かりません。 今朝女官長が陛下に呼ばれ、戻ってこられた時にはもう兵がついておりました。 今後成花様は外に出ることは出来ません・・・・。 前庭も、ここから眺めるのは良いが出ることは駄目だと・・・、女官長は申しておりました」
「そんなっ・・・・!」
庭に出ることが1日で一番楽しみにしていることだというのに、それが出来ないなんて考えただけで息苦しくなる。
子供の頃から草花に親しんできたのだ、幼馴染達と走り回り、転げまわって遊んでいた成花にとってどこかにずっと閉じ込められているのは拷問に等しい。
「どうして・・・・。 何故・・・? 私は、榮植様を怒らせてしまったのでしょうか・・・」
昨夜、確かに不機嫌になったりもした。
だが成花を抱き寄せ、優しく口付けてくれたではないか。
お前が愛しいと、そう言ってくれたではないか。
それなのに何故、こんなことに・・・・。
「ですが・・・・。 今は丁度良かったかもしれません。 後宮におられる貴妃様達に怪しい動きがあると、女官達のもっぱらの噂でしたので・・・・もしかしたら陛下もそれをお聞きになって外に出るなと申されておられるのかもしれません」
外に出られないと聞かされて絶望したように項垂れた成花を励ましたくて慶那はあえて明るい口調でそう言った。
だが成花はその言葉に目を瞠り、更に顔を青褪めさせた。
「後宮・・・? 他の・・・貴妃様?」
忘れていたわけではない、だが会ったこともないからその存在を身近に感じたことが成花にはなかった。
男でありながら稜宮に住まうことを許された成花を、女性である彼女達が認めようはずもない。
「怪しい動きとは・・・・、なんなのですか?」
青褪め、心なしか震えている成花にハッとした慶那はなんでもありませんとだけ告げて逃げるように部屋から出て行った。
その後姿をじっと見つめながら、成花は深い溜息を吐く。
色々なことが頭の中を駆け巡る。
突然成花を宮の中に閉じ込め、庭に出ることすら禁じた榮植。
庭に出ることが出来なければ会えない汪嗣。
そして後宮にいる貴妃たち、観羅宮の貴夫たち。
いなくなった宇壬と了准・・・。



『俺の他には、誰もいらないだろう?』


そう囁いた榮植の声が唐突に浮かび、成花は唇を戦慄かせた。
まさか本当に、成花の周りから人を奪ってしまうつもりなのだろうか。
1人この宮に閉じ込められ、ただ榮植を待つだけの身になれと・・・・・・そう考えているのだろうか。
恐ろしい想像にゾッと寒気を感じ、成花は慶那が淹れてくれたお茶を震えながら口に含んだ。
「長さま・・・・、長さま・・・・」
寂しい時、怖い時、つい口にしてしまう長の名を呟く。
だが震えは一向に収まらず、嫌な予感ばかりが襲い掛かってくる。
「誰か・・・・、誰かっ・・・・!」
堪らず成花は椅子から立ち上がり、部屋の前で控えているだろう女官を呼びつけた。
女官はすぐに成花の声に慌てて扉を開けて入ってくる、だが成花のあまりの顔色の悪さに目を瞠って走り寄ってきた。
「どうかなさいましたか? 医師を呼びますか?」
「いいえ、いいえっ。 榮植様を・・・、陛下にお目通りを! 今すぐ成花がお会いしたいと、伝えてください・・・。 お願い・・・」
「陛下はただ今ご政務の最中でございます。 ですから」
「今すぐに! お願いします・・・。 お願いします・・・」
とうとう泣き出し、顔を伏せた成花に逡巡し、女官は頷いて部屋を出て行った。
女官が部屋からいなくなると、成花はふらふらと寝所へと入り倒れ込むように敷布の上に横たわり流れる涙を拭う。
外に出られないのは絶対に嫌だった、そしてなにより汪嗣に会えなくなるのが悲しくて堪らない。
例え榮植の命令であっても、それだけは承服できなかった。
突然こんな風に閉じ込められるなら、何故初めからそうしてくれなかった。
それならばまだ諦めもついたというのに・・・・。
今更忘れろというのか、あの太陽のような人を。
寝台の上で身体を丸め泣きじゃくる成花の耳に、太鼓の音が遠くで聞こえた。
そしてすぐに寝所の扉が開かれ、皇衣を身に纏った榮植が入ってくる。
「成花、何故泣いている。 どうした」
榮植が入ってきたというのに身体を起こそうともしない成花を叱るでもなく、優しい声音で聞いてくる。
「何故・・・・外に出てはいけないのですか・・・? 前庭にも出ては駄目だと・・・・、どうしてですか? どうして」
うつ伏せた成花の声は涙に濡れ、くぐもっていた。
榮植はそんな成花にくすりと笑って、手を伸ばして頭を撫でる。
「外に出たいのか? 出る必要などなかろう。 お前はここで、俺を待っていればいい」
なんでもないようにそう言って榮植は泣き止まない成花を腕に抱え上げた。
「俺がいれば、それでよいはずだ。 お前は俺の貴妃なのだから、俺のことだけを想っておればそれでよい。 何をそんなに泣く」
「私はっ・・・、私は外に出たいっ・・・。 ずっと宮に閉じ込められているなんて・・・気が滅入ってしまいますっ・・・」
涙を流しながら訴える成花に眉を寄せ、榮植はその細い身体を寝台へと押し付けた。
「外に出る事は許さん。 今後一切、お前を外には出さない。 俺がそう決めたのだ、俺に逆らうな」
「そっ・・・。 どうして・・・、どうしてですか・・・。 酷い・・・」
ぽろぽろと涙が零れ落ち、潤んだ視界は榮植の顔を歪ませた。
「お前は私に従っていればいい。宮からは一歩も外には出さない、分かったな」
成花の泣き顔を覗き込んで榮植は唸るように低い声を漏らした。
庭に出ていいと言ったのは榮植だったではないか。
成花を抱き上げ、夕方の庭に連れ出してくれたのも、汪嗣に花の名を習えと言ってくれたのも。
榮植だったではないか。
なのに何故今になって成花から取り上げてしまうのか、理解出来なかった。
「嫌・・・、嫌です・・・・。 外に出たい・・・」
「花が見たいのなら眺めれば良かろう。 触れたいのならば部屋に運ばせる、温室を作ってもよい。 だからそう泣くな」
あまりに泣きじゃくる成花を不憫に思ったのか、榮植は押さえつけた成花の手首を離し抱き起こすと濡れた頬を指で拭う。
そしてその頬に口付けて、優しくそっと抱き寄せた。
「成花、泣くな・・・・。俺を愛しているのだろう? ならば言う事を聞け。よいな?」
それでもまだ泣き止まない成花の眦にも口付け、頬に口付け、唇を合わせる。
涙で濡れた唇はしっとりとしていて、そのまま深く口付けた。
「んっ・・・・」
逃げを打つ成花の舌を掬い取り、強く吸い上げられる。
それだけで成花の身体は覚えたての快感を呼び覚ます。
だが榮植は名残惜しそうに唇を舐めあげると、身体を離した。
「政務の途中だ、戻る」
「榮植様・・・」
唐突に離された身体は熱を持ったように火照り、そんな自分が恥ずかしくて成花は寝台から退いた榮植から目を背ける。
榮植はそんな成花に声を掛けることなく寝所を出て、政務へと戻っていった。





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