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運命はその手の中に
第9話



どんなに目を凝らしても、もう樹の背中は見えない。
それでもじっと暗闇を見つめ続ける綾人に、高井戸が痛ましげな表情を浮かべた。
「綾ちゃん」
「・・・・・」
「追いかけたいなら、急いだ方がいい」
「・・・・無理、です。 もう、駄目なんです・・・」
声を詰まらせながら言う綾人を抱き寄せ、高井戸は溜め息を漏らす。
嗚咽を漏らし、とめどなく涙を流す綾人の背中を何度も擦って、樹が消えた方向を睨みつけた。
「迎えに来たってことは、まだ希望はあるんじゃないの?」
「もっ・・・・、嫌、なんですっ。 いつ来てくれるのかって、待つのは、もうっ・・・辛いんです」
忘れられると思っていた。
そのうちに忘れて、懐かしい思い出に出来ると。
だけど、樹の顔を見た瞬間、そんなことは無理だと分かった。
好きで、堪らない。
胸が引き裂かれるような痛みだった。
「樹さ・・・、樹さんがっ・・・・好きなんです・・・・。 好きなのに、傍にいるとっ・・・つらい」
高井戸にしがみ付き、綾人は泣き叫んだ。
止まらなかった。
頭の中はぐちゃぐちゃで、まともに考える事も出来ない。
ただ全てを吐き出したくて、綾人は高井戸の胸に縋りついた。
「もうっ・・・嫌だ! 放っておいたくせにっ・・・、僕のことなんて、見てもくれなかったくせにっ」
「綾ちゃん・・・・」
「もう何もっ・・・期待しないって・・・・言わ・・・・、言われて・・・ッ」
本当は、来てくれて嬉しかった。
あんな形でも、顔が見れて嬉しかったと、伝えたかった。
でもそれすらも出来なくて、樹の前に出ると、綾人は何も言えなくなる。
本当の心を伝えることが、出来ない。
もう全てを忘れてしまいたかった。
樹のことも、樹を想う心も、何もかも、捨ててしまいたい。
綾人は自分を抱き締めてくれている高井戸を見上げ、震える唇のまま口付けた。
「ッ・・綾ちゃん!?」
驚いて体を離そうとする高井戸にしがみ付き、なおも唇を求めた。
「駄目だよ・・・」
「高井戸さん、初めて会った時、言ってくれたっ・・・忘れられるよって」
じっと高井戸を見つめ、背伸びして唇を近づけた。
互いの吐息を間近に感じて、息が上がる。
「忘れさせて、下さい・・・・。 おねがい・・・し」
ぐっと腰を抱き寄せられ、高井戸の唇が綾人の唇を覆う。
苦しい程のそれに、眩暈がした。
何度も角度を変えては、互いの咥内を貪りあった。
「ぁ・・・・」
甘く舌を噛まれて、ゾクリとした感触に体中が震えた。
高井戸の手が腰を撫で、敏感な部分を焦らすように触れる。
「おいで・・・・」
高井戸の声に誘われるように、ふらふらと綾人は再び車に乗り込んだ。




初めて訪れた高井戸の部屋は男の1人暮らしにしては広く、そして清潔だった。
玄関をくぐり、すぐにその場で激しい口付けを交わす。
息が苦しくて、朦朧とする頭でぼんやりとそれを受けた。
「んっ・・・・あ」
大きな手が綾人の顔を撫で、首筋に触れ、余すところなく伝ってゆく。
「んんっ・・・・・」
いつの間にかシャツのボタンは全て外され、肌が空気に触れて粟立った。
首筋にチクリとした痛みが走り、その上をざらざらした舌先で擽られる。
舌先が徐々に下がってゆく、すでにぷくりとたちあがった胸の先に濡れた感触がしたかと思うと、強く吸い上げられた。
「あっ・・・・い・・・・」
腰がガクガクして、立っていられなくて綾人は高井戸にしがみついた。
不意に体が浮いて、瞬きをすると熱を孕んだ高井戸の眼差しにぶつかった。
「高井戸さん・・・・・・」
自分は今、酷く浅ましい顔をしているだろう。
体中が熱くて、どうにかして欲しくて堪らない。
「高井戸さん・・・・・」
呼びかけるのに、高井戸からは返事はない。
暗い寝室へと運ばれ、ベッドの上に静かに横たえられた。
すぐに上に高井戸の体がのしかかり、再び唇を求め合う。
色づいた胸を指先で弄られ、知らず腰が揺れてしまう。
「っ・・・・・あ」
高井戸の手が下肢へと伸び、腫れあがったそこを何度も撫でる。
「ふ・・・・、ああっ」
ファスナーが降ろされ、濡れた下着が恥ずかしくて綾人は両手で顔を隠した。
下着が脱がされ痛いほど勃起したそこに指が絡まると、堪らずに綾人は体を捩った。
「高井戸さんっ・・・・」
高井戸の体に手を伸ばし、抱き締められると微かに煙草の匂いが鼻についた。
樹とは当然違う匂い。
綾人は思わず目を瞠り、自分を覆う男が誰であるかを知った。
「高井戸さ・・・・・」
誰であるかなんて、分かっていたはずなのに。
分かっていて、誘った。
なのに今、綾人は頭から冷水を浴びせられたような気がしていた。
我を忘れて、誰でも良くて手を伸ばした先に居たのが、高井戸だった。
高井戸ならば、自分を振り払わないであろうと、どこかでそう確信していたのかもしれない。
「っ・・・・、高井戸さん! 待って」
このまま流されたらきっと楽だろう。
高井戸は優しくて、この後もきっと変わらず綾人に接してくれる。
だからこそ、駄目だと思った。
この人を、利用することなんて出来ない。
「高井戸さん!」
綾人の首筋に顔を埋めていた高井戸が、眉を顰めて顔を上げる。
その顔がどこか、悪戯を見つかった時の子供のように見えて綾人は目を瞬かせた。
「高井戸さん・・・・?」
「目、覚めちゃった? 残念」
はぁ・・・と溜め息を漏らし、高井戸は綾人の上からどくとベッドの端に腰掛けた。
そして綾人を見やり、乱れた髪を撫で付けてくれる。
「高井戸さん・・・・・」
「あと少しだったんだけどね。 ホントに残念」
先程までの熱を微塵も感じさせず、高井戸は涼しげな顔をしておどけた。
それが綾人を気遣ってのことだと、すぐに分かった。
「高井戸さん・・・・・あの」
「惜しかったけど、楽しませてもらったから」
ベッドから起き上がり高井戸の背中に額を当て、綾人は湧き出てくる涙を隠した。
思い出せてよかったと本当に思う。
あのまま最後までしてしまっていたら、もう2度と高井戸にも大地にも会わせる顔がなかった。
「ありがとうございます・・・」
「まぁ、正直やばかったけどね。 止めてくれて俺も助かった」
そう言って晴れやかに笑う高井戸につられて、綾人も笑み零した。
そしてまわされた腕に甘えて、高井戸の胸の中に納まると心が凪いでゆくのを感じた。
「俺ね、さっきの、樹さん?見てて。 少し羨ましかったよ」
「・・・・え?」
子供をあやすように綾人を膝に抱きかかえ、背中を撫でてくれながら高井戸は苦笑を漏らす。
「あんな風に格好悪くても、悠に縋ってみれば良かったかなぁって。 ・・・・行くなって、言えば良かった」
上を見上げると、どこか寂しげな高井戸の顔があった。
遠くを見つめたままのその表情からは、悠という人に対しての高井戸の想いが込められているように見える。
「みっともないのが嫌で、惨めになりたくなくて、黙って・・・・見送ってしまった。 もう取り戻せなくなるって、どこかで分かってたはずなのにな。 俺は、本当に馬鹿だ」
綾人の背中や、髪を撫でながら高井戸はまるで自分を慰めているようだった。
普段は明るい高井戸からは想像もつかないほどの暗い声に胸が痛む。
「羨ましかったよ・・・・。 なりふり構わず綾ちゃんを連れ戻そうとしているのを見て、ああ・・・俺もこうすれば良かったって、思った」
「高井戸さん・・・・」
「中途半端に終わっちゃったからね、残っちゃってんの。 ここんとこに」
高井戸の指先が綾人の胸を指し、自嘲気味な笑みを浮かべる。
「堪ってたもの全部吐き出しとけば、こんなに残らなかったんだろうな・・・・・」
「もう、会えないんですか? 悠さんとは」
「んー、あいつ遠いとこ行っちゃったんだよね。 どこにいると思う? 惚れた相手追いかけてスペインだよ、スペイン」
あいつにあんな行動力があるとは思わなかったねと笑う高井戸に何も言えず、綾人は背中にまわした腕に力を込めた。




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