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運命はその手の中に
第8話



そのまま夕方まで海岸で遊び、帰ってきたのは夜遅くになってからだった。
あれだけ遊んだのに、高井戸は全く疲れた気配を見せない。
綾人の方は遊び疲れて、また帰りの車でも眠ってしまったというのに。
「綾ちゃん体力ないね」
「高井戸さんがありすぎるんです・・・、僕は普通です」
シートベルトを外しながら少し頬を膨らませると、高井戸の苦笑が聞こえた。
「またね、綾ちゃん」
高井戸は苦笑しながらそう言って、だが不意に笑みを消すと微かに眉を寄せ目を細めた。
怪訝に思いながらも綾人は高井戸にお礼を言い、助手席のドアを開き車を降りようと腰を浮かせた。
「綾ちゃん、ちょっと待った」
「・・・・綾人」
高井戸が綾人を引きとめようと手を伸ばす、だがそれと同時に低く、暗い声が綾人の耳に響いた。
聞き間違えるはずのない声が、何度も耳元で聞いた声が、綾人の体に沁み込む。
高井戸の方を見つめたまま動きを止めた綾人に、足音が近づいてくる。
「綾人、降りなさい」
ビクリと体が震えた。
どうして、どうして。
頭の中がぐるぐると回り、何も考えられず綾人は固く目を閉じ口元を両手で押さえた。
「綾人、降りろと言っているんだ。 聞こえないのか」
「あんた誰?」
「っ・・・・高井戸さん?」
目の前にいると思っていた高井戸が目を開いてみるとそこには居なくて、綾人はハッと後ろを振り返った。
「樹・・・さん」
樹の姿をみとめた途端、胸が絞られたような感覚がした。
ぎゅっと掴まれて、絞り取られる。
胸が熱くて、痛くて、苦しい。
「綾人を返してもらおう」
最後に会った時より少し痩せたような気がしたが、どこか冴え冴えとした冷たい視線に晒されるとゾクリと背筋が震えた。
何故、迎えに来たのだろう、どうして放っておいてくれないのか。
どうしてそんなに、綾人を憎むような顔をしているのか。
「・・・返すもなにも、綾ちゃんはここに居たいんじゃないの? あんた綾ちゃんの何」
車へと近寄り、綾人へと手を伸ばした樹の腕を高井戸が掴んで止めた。
それを振り払い、樹は綾人の腕を掴むと荒々しく車から降ろした。
「痛っ・・・・」
「おい、乱暴に扱うな!」
聞いた事もないような高井戸の冷たい声に綾人はハッと視線を上げる。
「俺のものだ、連れて帰る。 2度と、これに近づくな」
「この子は帰りたくないんだ。 手を離せ」
「貴様には関係ない。 こいつに関わるな、2度と、触るな」
それだけ言うと、樹は綾人の腕を掴んだまま歩き出す。
「嫌っ・・!」
思わず足に力を入れて体を捩ると、樹が振向きざまに手を振り上げた。
殴られる、そう思って目を瞑り体を竦ませたが、衝撃はなかなか訪れなかった。
恐る恐る目を開き、掴まれたままの腕から視線を上げる。
「ッ・・・・」
樹は手を振り上げたまま何かを耐えるかのように奥歯を噛み締め、そして微かに、震えていた。
鋭い眼の奥が、鈍い光を放っているようにも見える。
常にないその、追い詰められたような樹の眼差しに綾人は息を飲んで後ろへと身を引いた。
だがその瞬間再び強く腕を握りこまれ、痛みに顔を顰めると樹の胸に抱き寄せられていた。
「樹さんっ、離して!」
「いい加減にしろッ!!」
怒鳴られて、体を強張らせた綾人を逃がさないように腕に閉じ込めると、樹は絞り出すような声を漏らした。
「お前は・・・・、俺の、ものだろう・・・・?」
逃げるな・・・、と掠れた声で言う樹に、綾人は身動きが取れなくなる。
どうして、どうして。
いらないくせに、もういらないくせに・・・・。
見てもくれないくせに、触れてもくれないくせに。
他の人に、触れるくせに。
「離して・・・、離してよ・・・・」
「やめろ・・・・、頼むから嫌がるな。 逃げるな・・・」
息苦しい程抱き締められて、樹の匂いに包まれる。
忘れられなかったその香りに、全てを委ねてしまいたくなる。
ぎゅっと目を閉じると、眦から涙が零れた。
「樹さん・・・・・、離して。 僕は、帰らないよ。 樹さんの所には、もう戻らない」
こうして迎えに来てくれたんだ、それで充分じゃないか。
帰ってしまえばいい。
あのマンションに帰って、樹を待つ生活に戻ればいい。
そう思う気持ちと、もう2度とあんな思いはしたくない気持ちとがせめぎあって。
綾人は、楽な道を選んだ。
あの胸を掻き毟りたくなるような孤独には、2度と耐えられない。
「僕は、もう樹さんの所には戻らない」
掻き抱いていた綾人から零れる静かな言葉に、樹がどこか呆然と地面を見詰める。
腕の力が抜けた樹の傍から離れ、綾人はその表情に唇を震わせた。
「樹さん・・・?」
「綾ちゃん、駄目だよ」
思わず樹に手を伸ばした綾人に、そっと小さく高井戸が声をかける。
そして綾人の体を引き寄せ、守るように腕の中に抱いた。
「綾人・・・・、俺は・・・」
高井戸の腕の中にいる綾人に、樹の顔が歪む。
一瞬前に進みでようとして、樹は綾人に背を向けるとそのまま何も言わずにその場から去っていった。
「樹さ・・・」
追いかけたくて、無意識に体が動く。
だが踏み出せなくて、怖くて、暗闇に消えてゆく後姿をただじっと見つめていた。



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