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運命はその手の中に
第10話



高井戸に送ってもらい、大地の家に帰りついたのは深夜を過ぎていた。
もうすでに大地は床についているらしく、居間には豆電球だけがつけられている。 
そしていつも食事を取るテーブルの上には、綾人の為に大地が用意してくれたであろう軽い食事が用意されてあった。
それを見た途端、体から力が抜けてその場に崩れるように座り込んだ。
テーブルの上に大地が書いたらしき手紙が見えて、綾人は重たい体を引きずりながらそれを手に取り、開いてから息を飲んだ。
そこには綾人が高井戸と出かけてからずっと、樹が待っていたことが書かれていた。



何も考えられなかった。
ただ樹に会いたくて、会って全てを吐き出してしまいたかった。
『中途半端に終わっちゃったからね、残っちゃってんの。 ここんとこに』
逃げることが楽で、耳を塞いでいればいいと思っていた。
何もかも、忘れてしまえばいいと。
だけど、心のどこかではずっと分かっていた。
こんな風に逃げて、終わらせられるはずがなかったんだ。
思っていたこと全て樹にぶつけて、樹が綾人に何を求めていたのかも聞きたい。
どうして迎えに来てくれたのか。
どうして、あんな風に悲しい顔をしていたのか。
聞きたいと、強く思った。
大地の家を飛び出し、大通りまで必死に走った。
こんなに走るのなんて、子供の時以来で息が苦しくて、それでも止まりたくなくて必死に走った。
大通りまで出るとちょうど通りかかったタクシーを止めて、綾人はマンションの住所を告げた。
そこにいるかなんて分からない。 他の人のところかもしれない。
自宅にいるかもしれない。
だけど綾人と樹の繋がりはあそこしかなくて、他の場所は知らなくて綾人は流れゆく景色をじっと睨みつけた。
祈るような気持ちでタクシーを走らせ、やっと辿り着いた時は足が震えていた。
何をしにきたんだと言われたら、もしここにいなかったら。
心臓が煩いくらいに音を立て、耳鳴りさえ感じる。
怖くて、堪らなくて綾人はマンションのエントランスの前で立ち竦んだ。
懐かしさはあまり感じなかった。 ここは、樹を繋いでくれる唯一の場所だっただけで、居場所ではなかったから。
震える足を、一歩前に出す。
樹に会うのに、ここまで緊張したのは初めてかもしれない。
そう思うと、何故かおかしくて綾人の口元が歪む。
これが最後かもしれない。 だから、・・・・・最後だから。
最後だから、頑張れ。
自分に言い聞かせて、綾人はエントランスへと足を踏み入れた。
だが財布からカードキーを出そうとして、返してしまっていたことを思い出す。
あの日、出て行く時に置いてきた。
「・・・・・どうしよう」
カードキーがなければ入れない、そんな当たり前のことさえ思いつかなかった。
分厚いガラス扉の前で途方に暮れていた綾人は、だが管理人の存在を思い出して壁にかけられた受話器へ手を伸ばした。
受話器を上げるとすぐにコールが鳴り始める。
しばらくして音が鳴り止み、管理人の声が聞こえた。 
カードキーを失くした事を早口に伝え、管理人が出てきてくれるのを待っているとガラスの向こうに何度か顔を合わせたことがある中年の男が姿を現してくれた。
「部屋に置いてきちゃったんだと思います。 すみません・・・・」
管理人は綾人の顔を見ると、頷いて扉を開けてくれた。
扉が開くとすぐに綾人は中へと走り、管理人にお礼を言いながらエレベーターへと駆け寄った。
上の階に行っているエレベーターが下りてくるのが酷くもどかしい。
やっと到着したエレベーターに飛び乗り、部屋のある階のボタンを押して扉が閉じると壁に凭れかかり深く息を吐き出した。
上昇する箱が徐々に綾人を樹へと近づける。
心臓が、酷く痛くて、息が苦しかった。
静かな音を立ててエレベーターが止まり、ゆっくりと扉が開く。
廊下の奥の重厚な扉を見やり、綾人は胸元のシャツをぎゅっと握り締めた。
固く閉ざされたそれは、綾人を拒んでいるかのように見える。
一歩一歩扉に近づき、扉の前に辿り着いた時には酸欠を起こしているように息苦しかった。
ゆっくりと手を伸ばし、インターホンを押す。
だが中からは何の物音も聞こえず、綾人はもう一度それを押した。
やはりいないのか、そう思って綾人は何気なく扉の取っ手に手をかけた。
カチリ、と音がして扉が開く。
「開いてる・・・・・」
恐る恐る足を踏み入れ中を覗くと、廊下の向こう側に樹が立っていた。
「ッ・・・・・」
インターホンの音にリビングから出てきたのだろう、綾人の姿をみとめて息を飲んだのが離れていても分かった。
どこか呆然と綾人を見つめ、樹はそこに立ち竦んでいた。
綾人もまた動けずに、ただじっと息を殺して樹を見つめた。
「・・・・・・」
たくさん言いたいことがあった。 会ったら全て吐き出してしまおうとそう思って。
そう思っていたのに、言葉は一言も出てこなかった。
先に動いたのは、樹の方が早かった。
今にも泣いてしまうんじゃないかと思うくらい、ぐしゃりと顔を歪ませてゆっくりと綾人に近づいてくる。
「綾人・・・・」
綾人の前に立つと樹は両手を差し出して、だがその手は綾人に届く前にピタリと動きを止めた。
そして樹の顔が、辛そうな表情から獰猛な顔へと歪み変わってゆくのを綾人は呆然と眺めた。
「何しに来たんだ・・・・・・。 こんなものをつけて、俺に思い知らせに来たのか・・・・・」
「え? 何・・・」
「他の男のものになったとわざわざ伝えに来たのかと聞いているんだ!!」
「痛・・・・あッ」
樹の手が綾人の首を掴み、きつく締め上げてゆく。
ぐっと力を込められて、綾人は痛みと苦しさに顔を歪ませた。
「ッ・・・・」
「どうしてわざわざ戻ってきた・・・・、手放してやれたのに・・・・。 何故戻ってきたんだ」
綾人の首を掴んだまま、樹はもう片方の手で着ていた薄手のシャツに手をかけ、勢いをつけて破り捨てた。
「う・・・・ッ」
そしてそのまま綾人の体を壁に押し付けると、奥底から絞り出すような声を漏らした。
「他の、男に抱かれたのか・・・・。 あの男が、お前を抱いたのか・・・?」
「い・・・・や・・・・ッ」
不意に首を掴んでいた手が離れ、急激に入り込んできた空気に体を丸め激しく咳き込んでいると、再び樹の手が伸びてきて綾人の顎をきつく掴んだ。
それに思わず身を固くすると、くつくつと暗い笑いが聞こえてきた。
「お前はいつもそうだ・・・。 俺が触れると、そうやって体を固くして・・・・嫌だと言うんだ。 あいつなら、いいのか。 あの男になら喜んで抱かれるのか? あの男に、惚れたのか・・・・?」
どこか澱んだ、暗い声に顔を上げると、樹が笑いながら綾人を見下ろしていた。




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