[携帯モード] [URL送信]

勿忘草
9



ずっとお前が好きだった。
そう言って真っ直ぐに見詰めてくる晶に対し、隆行の表情が呆然としたものから徐々に強張りを見せ始め最後は引き攣った笑みになる。
そして隆行は腕を掴んでいた晶の手を解き、じりじりと後ろへと下がり乾いた笑い声を上げた。
「嘘を、つくな・・・。 お前はあの男が好きなんだろ? どうしてそんな嘘をつくんだ」
最後には低く唸るような声でそう呟き、片目を隠すように手のひらで押さえる。
晶が歩み寄ろうとすると近寄るなとでも言うようにまた一歩下がり、隆行はくっと咽喉を鳴らした。
「嘘じゃない・・・俺は、お前が好きだった。 ずっと、好きだったんだ」
「嘘だ、嘘だ・・・・」
隆行の声が微かに震えている、まるで泣くのを堪えているかのようなその声が酷く晶の胸を抉る。
やはり言うべきじゃなかったのかと思って、晶は小さな溜息を漏らした。
隆行にとって晶の告白など、聞きたいことではなかったはずだ。
体の関係だけを隆行は望んでいたのだから、そこに心はいらなかった。
「ごめん。 忘れてくれ・・・。 悪かった」
だがそれでも、こうして好きだと告げたことは後悔しない。
高校時代言えなかった言葉を、やっと伝えることが出来たのだ。
もう、過去を振り返ることはなく前を見て生きていけるような気がした。
隆行のことは、いつかいい思い出に出来るだろう。
今は辛くても、きっと時間が傷を癒してくれる。 そう思うしかない。
本気で誰かを好きになることが一度でも出来たのだから、そしてその気持ちを伝えることも出来たのだから、後悔はない。
もう一度小さく溜息を漏らし、晶は踵を返し玄関へと向った。
だが靴を履き扉の取っ手に手をかけたその時、後ろから伸びてきた手が勢いよく晶の肩を引き寄せ振り返らせた。
「っ・・・・」
「本当か・・・。 本当に、嘘じゃないのか・・・」
晶の両肩をきつく掴み、隆行が酷く緊張した面持ちで問いかけてくる。
廊下と玄関の段差のせいで更に高くなっている隆行の顔をじっと見上げ、晶はしっかりと頷き諦めにも似た笑みを浮かべた。
「嘘じゃないよ。 俺は、ずっと。 もう10年以上も前からお前のことが好きだった」
言い終わると視線を合わせているのが辛くて俯き、晶は唇を軽く噛み締めた。
これで終わりだと思うと、寂しいようなホッとしたような不思議な気持ちになる。
やっと言えたという満足感もどこかにあった。
だが肩を掴んでいた隆行の両手が小刻みに震えはじめ、どうしたのかと顔を上げた晶はそのまま息を呑み大きく目を瞠った。
隆行の目から零れ落ちた涙が、晶の口元を濡らす。
「隆行・・・?」
晶の問いかけにハッとしたように目を瞬かせ、隆行はぐっと目元を拭い晶に背を向け足早にリビングへと向った。
慌てて靴を脱ぎ隆行の後を追うと、隆行はリビングのソファに座りぐったりと背中を預け腕で目元を隠していた。
「隆行・・・・? どう・・・・」
「あの男のところへは、行かないんだな・・・?」
目元を覆っていた腕を外し、ソファの後ろに立った晶を振り返らないまま隆行が小さく呟く。
掠れた声に戸惑いながら近づき、隆行の前に立つと腰を抱き寄せられた。
「隆行?」
腰を両腕で抱き寄せ晶の下腹部に顔を埋めた隆行の頭に手を置くと、更にきつくしがみつかれる。
「嘘でもいい。 お前がこのままここに居るなら、それでいい・・・。 他の男のところへ、行くな・・・・。 ここに居ろ」
くぐもった声が聞こえ、その内容に晶が目を瞠り身を引くとあっさりと腰を抱いていた隆行の両腕が離れた。
どこか虚ろな隆行の眼差しが晶を見つめている。
いつにないその様子に眉を顰めると、ゆらりとソファから立ち上がった隆行が晶へ手を伸ばし囲い込むように抱き寄せた。
「隆行?」
「どこにも行くな。 お前を、離したくない・・・、誰にも渡したくない」
悲愴な声音が耳に響き、きつく体を抱き締められる。
「嘘でもなんでもいい・・・・。 お前が、俺から離れないなら」
「隆・・・・行?」
「お前が、好きだ・・・・」
晶を抱き締めたまま溜息とともに漏らした言葉が、ゆっくりと体に沁み込んでくる。
しばらく意味が理解できなかった晶は、黙り込んだまま視線を彷徨わせた。
「隆行・・・、本当に?」
「俺を好きだと言ったな? なら、離れるな・・・・。 俺から離れるな」
隆行の声が泣いているように聞こえて、心臓が震えた。
ゆっくりと腕を上げ背中に回すと、隆行が安堵したように息を漏らす。
「晶・・・・、晶」
何度も繰り返し名を呼ぶ隆行の背中を抱き締め、晶は緩んでゆく涙腺を感じてきつく目を閉じた。
そして顔を上げ隆行と視線を合わせると、赤く潤んでいる隆行の目許に背伸びして唇を押し当てた。
「好きだ・・・、隆行」
「っ・・・・」
一瞬息を呑んだ隆行が堪えきれないように晶の唇を深く塞ぎ、吐息すら奪うような激しい口付けを落とす。
その激しさに戸惑う晶の顔を逃げられないよう両手で挟み、隆行はまるで憑かれたように口付けを繰り返した。
「晶・・・・・」
静かに唇が離れ、互いの荒い息が混ざり合う。
濡れた晶の唇を拭き取るように舌で舐め上げて、隆行が寂しげな笑みを零した。
「好きだ・・・、隆行。 本当に、好きなんだ」
縋りつくように抱きつきそう繰り返す晶の髪を撫でながら、隆行が苦笑を漏らす。
顔を上げると、切ない眼差しに鼓動が跳ねた。
「隆・・・・」
「本当なら、2度と間違えるな。 俺に抱かれながら、他の男を思い出すな。 他の男を・・・呼ぶな」
晶の頬を指先で撫で、隆行が目を細める。
だがその言葉に晶が目を瞠り口を開こうとすると、それを塞ぐかのように口付けを落ちてきた。
「んっ・・・・、た・・・かゆきっ」
隆行の胸を叩き口付けから顔を背ける晶に眉を顰め、どこかムッとした表情で晶を離し大きな音を立ててソファに腰を降ろした。
その前に晶も腰を落とし屈んで隆行の膝に手を置き、顔を覗き込む。
「俺は、お前に抱かれながら他の男・・・雅春を思い出したことなんて」
「その名前を口にするなっ。 お前の口からあの男の名前が出るのは・・・・気にいらない」
酷く苛立ったような隆行の様子に晶が目を瞬かせると、チッと舌を打ち晶から目を逸らす。
そしてぐしゃぐしゃと髪を掻き、不機嫌な表情をして奥歯を噛み締めた。
「隆行?」
「・・・お前が、何度もあの男の名前を呼んだんだ。 酔ったお前を初めて抱いた夜、俺とあの男を間違えて・・・何度も」
晶と目を合わせないまま言う隆行にハッとして息を呑み込むと、また苛立たしげな舌打ちが聞こえた。
「俺は、お前と再会したら、高校の時からずっと好きだったと告げるつもりだった」
突然そう言い出した隆行に目を瞠ると、自嘲気味に笑い隆行は項垂れて言葉を続けた。
「だがお前は俺に、忘れられない奴がいると言ったんだ。 酔って覚えていないだろうが、確かにお前はそう言ったんだ。 そして俺に抱かれながら、あいつの名前を何度も呼んだ」
「そ・・・・それは」
「お前に好きな奴がいても、いつか俺を見てくれるんじゃないか。 俺を好きになってくれるんじゃないかと都合の良い事ばかり考えて、お前の気を引くことばかり考えて・・・・。 いい歳して何をしてるんだかな・・・・、自分でも呆れる」
「隆行違うんだ。 俺は」
初めて抱かれた夜のことは正直あまり覚えていない。
だが間違えたわけではなく、それは晶の中に根付いていた雅春への罪悪感の裏返しなのだ。
雅春に抱かれながらも隆行の事を思い浮かべ、間違えても名前を呼んでしまわないように意識し続けた結果、本当に隆行に抱かれているのに雅春の名を呼んでしまった。
それを伝えたくて、でもどう言っていいか分からずに視線を彷徨わせる晶に笑みを漏らし隆行が優しく髪を撫でた。
「もういい。 今お前が俺を好きだと言ってくれるのが本当なら、もうそれでいいんだ。 本当、なんだよな?」
確かめるように言う隆行に強く頷き、笑みを返すとホッとしたように隆行の体から力が抜ける。
そして浮かんだ微笑みはこれまでに見た表情の中でも一番嬉しそうに見えて、晶の顔からも自然な笑みが零れた。
「好きだ。 好きだ・・・」
もっと伝えたい言葉はたくさんあるのに、口に出るのは同じ言葉でそれがなんだかもどかしい。
だがそれでも隆行は満足したように晶を抱き寄せ、首筋に顔を埋めると安堵の溜息を漏らした。
「やっと・・・、これで俺のものだ」
床に膝立ちになっている晶をソファに座らせ、啄ばむような口付けを交わし指を唇から頬へ、そして耳元を触れながら隆行が小さな笑みを漏らした。
「信じられるか? 初めてでもないのに、手が震えてる」



[*前へ][次へ#]

9/10ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!