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勿忘草
3



「前の男のことが忘れられないんだろ? 寂しいなら、俺が抱いてやるよ」
驚愕と困惑に瞳を揺らす晶に口を歪めて笑い、隆行は身を屈めると唇を合わせ震えている晶の身体を抱き寄せた。
空調の効いた室内にひんやりと冷え込んでいた体が熱い隆行の身体に包み込まれ、知らずホッと息が漏れる。
だがハッと我に返ったように晶は密着している肌に目を瞠り、隆行の身体を押しやろうと腕を伸ばした。
「関口! 何を言ってるんだ、俺は・・・・・・、いっ」
晶の身体を抱き寄せながら下肢に手をやった隆行が、強引に後ろを弄るとそこからどろりと何かが流れ落ちる。
それは確かに昨夜晶が隆行を受け入れた証拠だろう。
まだそこは熱を持ち、じんじんとした痺れを感じて晶は唇を戦慄かせた。
「抱かれる事に、慣れた身体をしてるな。 前の男に余程可愛がられてたんだろう?」
「っ・・・・・・・・・・・いやだ! 離してくれっ」
腕を突っぱね、身体を引き離そうとする晶を無視して隆行が閉じようと力を込める太腿を掴み、腰を密着させた。
「ああ・・・・・・・・・・・・・・・・!」
晶の身体を上から押さえ込み、隆行は無理矢理に昂ぶった太い幹を熟れたそこに捻じ込んだ。
昨夜慣らされたのか、久しぶりに男を受け入れたそこはすんなりと隆行を飲み込み、晶の心を裏切って奥へ奥へと誘うように蠢いた。
「関・・・・・・口、やめっ・・・・・・・・・・・・・」
目の奥がちかちかとした。
隆行に抱かれているのだという嬉しさなど感じることは到底できない。
せめて友人として、付き合っていきたいと願った切実な想いはズタズタに引き裂かれ、長い年月忘れることが出来なかった男に抱かれているのに、酷く胸が痛かった。
「隆行だ。 間違えるな」
「い・・・・・・・・・・・・・ああっ」
晶を激しく揺さぶりながら、隆行は口付けの合間にそう何度も囁いた。
まるで晶が他の名前を口にするのを、恐れているかのように。



結局その日1日を隆行の部屋で過ごし、アパートに戻れたのは日曜の夜だった。
一日中ベッドで過ごした身体は酷く疲弊していて、翌日会社に出勤した時もまだ身体の奥は熱を持ち、燻っていた。
隆行に抱かれたのは夢ではないのだとそれは何度も晶に教え、思い出すたびに堪らない羞恥と歓喜とを与える。
隆行が男も抱ける人間だったのだというのはいまだに信じられない。
そして晶は、10年以上忘れることが出来なかった男に抱かれたのだ。
想像していた以上に隆行の身体は熱く、そして逞しかった。
晶の小さな身体など包み込んでしまうその大きさに、無理矢理抱かれているというのに思わず安堵感さえ覚え、夢中になっていた。
恥ずかしいという気持ちはいつしか消え、隆行の与える快感に酔いしれた。
あられもない声を上げ、自ら腰を揺らしもっともっととねだった。
初めて好きな相手に抱かれたという喜びは確かに晶の中にある。
隆行がどんな思惑で晶を抱いたかなど知らない。 知りたいとも思わない。
ただこれからもこうして抱かれていれば、いつか後戻りできなくなる。
隆行が晶を抱く事に飽きて、離れてしまった時素直に引き下がることが出来るのか、晶自身にも分からないのだ。
どこかで線引きしておかなければ、みっともない姿を隆行に見せることになる。
それだけは、絶対に嫌だ。
嫌われたくないという思い以上に、そんな気持ちが晶の中に強く刻み込まれていた。
「東堂化粧品の契約、取れたんだってな。 おめでとう」
隆行との思いがけない再会とその後の出来事を反芻していた晶は、不意にかけられた声にびくりと肩を揺らし息を飲み込んだ。
慌てたように目を瞬かせる晶に一瞬訝しげな表情を見せ、だが吉川はすぐに笑みを浮かべ晶の頭を撫でた。
「良かったな、これで今月のノルマは達成できたじゃないか」
「うん、そうだね・・・・・・・・・・・・・」
自分のことのように喜んでくれる吉川に感謝しながらも、晶は素直に喜べる気持ちにはなれず、頷いて曖昧な笑みを零した。
疲れたように溜息を漏らす晶に吉川が眉を顰め、顔を覗き込んで首を傾げた。
「顔色が悪いな、具合が悪いなら早退したらどうだ」
そう言いながら吉川が晶の額に手を置く。
その時、晶のデスクにある電話が内線のランプを灯し音を立てた。
「大丈夫、ちょっと寝不足なだけだよ」
心配げな吉川に笑みを見せ、受話器を取ると事務の女性の声が聞こえた。
『東堂化粧品の関口様から内線2番です』
受話器から聞こえてきた名前に一瞬息を飲み、ごくりと咽喉を鳴らして晶は内線ボタンへと手を伸ばした。
指先が微かに震えているのに自嘲気味な笑みを漏らし、大きく息を吸い込む。
「お電話替わりました。 久山です」
『関口です。 お忙しいところ申し訳ありませんが、先日頂いた書類の件でお聞きしたいことがあります』
低く、既に耳に慣れた声が電話口から聞こえてきた。
互いの間に起こったことなど微塵も感じさせないその声音にどこかホッとしたような、寂しいような気持ちが胸に込み上げてくる。
「・・・・・・・・・・、では午後にでもそちらにお伺い致します。 はい、3時に。 はい・・・・失礼します」
隆行が電話を切ったことを確認してから受話器を置くと、どっと身体から力が抜けた。
緊張していたのか、手のひらには薄っすらと汗が滲んでいる。
「東堂の担当者か? お前もしかして苦手なのか、その担当者のこと」
隣のデスクに腰をかけて様子を見ていた吉川が眉を顰めて耳打ちしてくる。
それに苦笑して首を振り、汗ばんだ手のひらを握り締めると吉川が晶の肩を軽く叩き、立ち上がってその場を去っていった。
吉川の言うとおり、苦手な相手だというだけなら良かった。
営業で色々な会社を回っていると嫌な相手にぶつかる事はよくある。
仕事を与えてやっているんだという態度で対応してくるところもあれば、あからさまに馬鹿にした態度の担当者もいる。
もちろんそんな相手ばかりではないが、たまたまそういった相手に当たるとストレスが溜まり胃痛を覚える営業マンは少なくない。
それだけなら、まだ良かっただろう。
そしてまだ、高校の同級生だというだけならこんなに疲れることもなかった。
声を聞いただけで、胸が息苦しくなることもなかった。
声を聞いただけで、情事の様を思い出すこともなかった。
普段から低い声が更に低まり、情欲に濡れ掠れた声音は耳に酷く心地良かった。
「っ・・・・・・・・・・・」
晶・・・・・・・・。 そう低く呼ぶ隆行の声をまざまざと思い出し、カッと熱くなる身体を両腕で抱き締め晶は強く唇を噛み締めた。




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