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勿忘草
10



こうして触れ合うことはもう何度目にもなるのに、気恥ずかしい空気が互いの間に流れる。
晶の心臓も音が聞こえるんじゃないかというほどに高鳴っている。
照れくささを隠すように曖昧に笑うと、隆行も苦笑し晶から手を離した。
「あの日、再会した時はもっと緊張していたんだ。 知ってるか?」
「そうなのか? 全然分からなかった、相変わらずだったから」
相変わらず晶の目には溌剌とした、高校の時のままの隆行がそこにはいた。
クラスでも人気者で頭も良くて、女の子に騒がれている格好良い同級生。
責任感が強くて、誰にでも分け隔てなく接する優しい男、そのイメージのままの隆行だった。
だからなおのことその後の隆行の変化は衝撃的だった。
「10年振りに会って、忘れられていたらどうしようとか。 誰か分からないと言われたら耐えられないとか。 頭の中はぐちゃぐちゃだったんだ」
苦笑しながらもどこか吹っ切れたように話す隆行の顔を見つめていると、隆行が小さく首を傾げて目を細めた。
「全く変わっていないお前を見て、懐かしかった。 そしてやっぱりお前が好きだと思ったんだ」
まさか隆行がそんな風に思っていたなんて思いもよらず、晶は初めて聞く告白に胸が熱くなる。
互いにそうとは知らずに忘れられないまま10年を過ごした。
過ぎた時間を取り戻すことは出来ないが、これから一緒に過ごせるならそれでいい。
まるで奇跡だとひっそりと胸の中で呟き、隆行の肩に頭を寄せると髪を梳いてくれる指先が酷く心地良かった。
「俺も、隆行が覚えていてくれてたなんて驚いたんだ。 俺は目立つタイプじゃなかったから、忘れられているだろうと思ってたし」
そう呟くと、隆行が小さな苦笑を漏らし肩を揺らした。
目線だけで見上げると、隆行が身を屈め触れるだけの口付けを落とした。
「お前のことは、全部覚えてる。 ずっと見てたからな」
体を屈め目線を合わせたままそう言う隆行に顔を赤らめると、額に唇が押し当てられる。
そのまま目許にも頬にも唇が押し当てられ、くすぐったさに顔を背けると今度は耳を甘く歯で噛まれた。
「っ・・・・」
ビクリと肩を震わせた晶に笑って、隆行が更に耳の後ろを舌で舐めあげる。
息を詰めて目を閉じた晶の頬を撫でながら唇を首筋に這わせ、ネクタイを緩めボタンを外すと胸元に音を立てて吸い付き赤い印を残した。
「んっ・・・・」
隆行は執拗にそれを繰り返し、胸元にいくつもついた唇の跡を満足気に指先で撫で戸惑いがちに首を傾げる晶の頬にまた口付けを落とした。
そして隆行ははだけた胸元のボタンを留め直すとくしゃりと晶の髪を撫でた。
いつもならそのまま身体を重ねるのに、この日はただ抱き合って眠った。
そうすることが何故か自然に思え、そしてとても、幸せだった。



翌日目が覚めた時、晶は隆行の腕の中にいた。
しっかりと背中に回された腕が温かくて、静かな鼓動を刻む胸に頬を寄せる。
忘れられなくて、そして自分を覚えていてほしくて互いに足掻き苦しんでいたことがまるで嘘のように心は穏やかだ。
好きだと、伝えたたったひと言が絡み合って解けずにいた糸を解き、結びつけてくれた。
今まで伝えたくて、でも言えずにいたそのたったひと言をこれからは何度でも口に出来る。
そう思うと知らず頬が緩んでしまう。
穏やかな寝息を立てる隆行の顔を見上げ、薄っすらと生えた髭に指先を触れると微かに身動ぎした隆行が晶の体を抱きこんだ。
回した腕で背中を撫でると、隆行が頬を晶の頭にすり寄せる。
「起きてるのか?」
声を掛けてみたが、どうやらまだ眠っているようで返事はなかった。
もう目が覚めてしまった晶はそのままの姿勢で壁にかかった時計を見ると、短針は6時を指している。
そろそろ起きなければと隆行の腕を体から退け、身を起こすとぐっと後ろに引かれ再びベッドへと倒された。
「起きてるんじゃないか」
「まだいいだろ。 もう少し」
晶を抱き締め、背中や項を撫でながら隆行が微かな溜息を漏らす。
そして上半身を起こし、自分のパジャマを着て寝転んでいる晶を見て笑みを浮かべた。
「やっぱりぶかぶかだな。 これ」
「しょうがないだろ・・・・・」
服も下着も晶は隆行の部屋に置いていない。
以前は行為の後そのまま裸で眠ってしまっていたし、勝手に持ち込むのも憚られて出来なかった。
だが昨夜は別々にシャワーを浴びて隆行が出してくれたパジャマを着たのだが、当然サイズが大きすぎてぶかぶかだった。
「パジャマは用意するなよ? これからも俺のを着たらいい」
今度来る時は買ってこようと思っていた晶の心を読んだかのように隆行はそう言い、訝しげに顔を顰めた晶を抱き起こした。
「目が覚めてすぐお前がいることを確かめた。 夢じゃなかったんだよな」
抱き寄せ晶の背中を上下に撫でると、軽く触れ合うだけの口付けを交わす。
酷く気恥ずかしくて俯いた晶の髪を撫で身を屈めると耳元に口を寄せ。
「10年我慢してたんだ。 これからは思う存分お前に触りたい」
隆行はそう言って、顔を赤くした晶を強く抱き締めた。




終わり





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