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蜘蛛の巣
7


どこにもいかないで、俺を1人になんてしないでくれ・・・・。

手を離してしまえば、闇に飲み込まれてしまいそうな恐怖が周囲を囲んで。
きっと二度と目を覚ますことさえ1人ではできなくなる。
1人で生きていたころの自分なんてもう覚えていない。
もう傍にあいつがいなければ、一人になんて耐えられない。
親よりも強く結びついてしまったこの感情はいったいなんなのだろう。
親を思うより、他の誰かを思うより強く、傍に居てほしいと願う。
自分の傍からいなくなって、他の誰かと幸せになっている姿なんて想像すらしたくない。
親友への子供じみた独占欲。
親友の幸せを喜ぶより、自分の傍に縛り付けておきたいと思うなんて。
浅ましい自分にぞっとする。
だけど、それでも。
どこにも行って欲しくない、ずっと傍に居て欲しいんだ・・・・。


4.修司 side


和哉の鈍感さは今に始まったことじゃない。
そこが和哉のいいところであり、苛々させられるところでもあった。
大学の時にほんの少しすれ違った程度の男にほいほいついていくなんて少しは警戒心を持ったらどうなんだと思いながら、西山には決して見せない安心しきった顔をこちらに向けられてそんな思いはすぐに霧のように消え去った。
代わりに言いようのない愛しさと、そして同時に全てを自分だけのものにしたいという支配欲が修司の心を占める。
「和哉・・・、帰ろう。」
差し伸べた手をなんのためらいもなく取る和哉の柔らかい手を握り締めて、修司は和哉に見えないように笑みを漏らした。




結婚の話を持ち出した時の和哉の反応は予想通りのものだった。
打ちひしがれながら、どうにかして修司の結婚を止めたいと願い、だがそれを上手く言葉にできなくてただ切なげにこちらを見つめるだけしかできないのだ。
潤んだ瞳に今すぐ押し倒したいという衝動をなんとか堪え、修司はそっと和哉を抱き寄せた。
小刻みに震える背中を擦ると耐えられないように修司にしがみつき、涙を流す和哉に修司の体を歓喜の震えが走る。
もうすぐそこだ・・・・。
手に、入る。
それは上辺のものではなく、永遠の支配、一生切れることのない絆。
「和哉・・・・、どうして泣くんだ? 言ってみろ。」
泣きじゃくる和哉をあやしながら耳元で囁くと口をつぐんで黙り込んだ。
どうしてこんなにもこの男が愛しいのだろう。
不思議に思う、出会ってすぐに心を奪われて、自分のものにしたくて。
だけどすぐに解けてしまうような脆い関係など欲しくはなく、修司が欲しいと願ったのは絶対に切れない強い糸。
和哉のすべてを雁字搦めに絡めとり、身動きさえも取れないほどに自分だけで和哉の心を埋め尽くしたい。
「和哉、泣いてても分からないだろう? どうしてそんなに泣くんだ。喜んではくれないのか?」
背中を擦りながらそう言う自分の声もまた喜びに震えていることに気づいて、修司は和哉に聞こえないように苦笑を漏らした。
修司が結婚すると言っただけでこの有り様なのに、まだ和哉には自分の心が分かっていないのだろうか。
誰にも渡したくない、傍にいてほしいと願うその心が、すでに友情を超えているということに、まだ気づかないのか。
「和哉、どうしたい? 俺に、どうして欲しい?」
口元が笑みに歪みそうになるのを必死に堪え、修司は和哉の顔を覗きこんで涙に濡れた目を見つめた。
琥珀色の瞳が濃く鮮やかさを増していて、普段はきつく見える眦が雫で濡れているのがやけに頼りなく見える。
そして同時に、酷く艶かしい。
「・・・・・俺を、1人にしないで・・・・。」
しぼり出すように、喘ぐようにそう言うと和哉はぎゅっと修司に抱きついて縋りついた。
それはまさにしがみつく、縋りつくといった表現がぴったりとくるもので、修司は和哉の体を抱き締めかえしながら深く息を吐いた。
だがそうやって深く吐かれた溜息を拒否と勘違いしたのか腕の中の和哉の体が強張り、離れようとしたのを押し留めて骨が軋むほどに抱き締めた。
「傍にいてやるよ・・・・、お前の傍にずっと俺がいてやる・・・・。なあ、和哉・・・・・、そんなに俺のことが好きなのか? 結婚させたくないくらい・・・・俺のことが好きなのか・・・・?」
低く、和哉の心に届くように囁いた。
修司の肩に顔を埋めていた和哉が呆然としたように顔をあげ、修司の顔をじっと見詰めた。
テレビの音が遠くで聞こえる、だが和哉の耳にはきっと修司の声しか聞こえていないだろう。
「・・・俺、・・・え・・・?」
混乱しているのか目を瞬かせる和哉に殊更優しい笑みを見せ、髪をそっと撫でる。
そのまま涙の後が残る頬に指を添え、和哉の目を覗き込んだ。
「俺が結婚して、他の女のものになるのが嫌なんだろう? お前だけのものじゃなくなるのが、嫌なんだろう?」
そう言うとおずおずと頷く和哉に修司は苦笑しながらまた頬に手を添えた。
両頬を包み込んで、涙の後を拭う。
「お前が、俺を好きなら、傍に居てやるよ・・・。お前がそう望むなら、俺はずっとお前と一緒に居てやる・・・・。」
「ほ・・・んとに? ずっと・・・? 結婚・・・しない?」
顔をぐしゃりと歪めて、また泣き出した和哉の額にそっと唇を落とした。
「好きなんだろう? 俺を・・・。」
「好き・・・なのかな・・・。 これって・・、俺が修司を好きだから? だからこんなに辛いの? 修司がいなくなったら俺嫌だ・・・。1人になることより・・・修司がいなくなるのは嫌だ・・・・。」
子供みたいに涙をぽろぽろと流しながら言い募る和哉が修司のシャツをぎゅっと握り締める。
離れたくない、どこにも行かないでと伝えるように、その手に力がこもった。
「なら・・・・、言ってみろ。 そうしたら、分かる。」
逸る気持ちを抑えることはもうそんなに苦ではない。
もうそこに、ずっと手に入れたかったものがあるのだ。
長い時間をかけてここまで来たのだ、もう焦ることはない。
「俺・・・、修司が、好き・・・。好き・・・。
好きだ・・・。どこにも、行かないで・・・。」
好きと何度も口の中で繰り返すうちにそれがまるで当然のように和哉の中に落ち着いたようで、はっきりと修司の顔を見上げてそう呟いた。
その目の中に戸惑いも迷いもないことに満足して、修司は和哉の唇に指を這わせた。
柔らかくてしっとりとした和哉の唇。
薄く色づいたこの唇を貪り、赤く変化させたいと何度も願った。
だがいざその時がくると、どこか躊躇されるのは何故だろう。
誰にも穢されないように守ってきた和哉を、自分の手で穢すのが不憫で。
だが、それも一瞬だった。
いまだ涙に濡れて潤んだ瞳で和哉が修司の目をじっと見詰める。
そして和哉の手が修司の頬に伸びて触れた瞬間、修司の中で何かが弾けた。
「んっ・・・!」
初めて触れた唇は想像以上に温かく、柔らかくて酷く甘美だった。
味わうように唇を舌で舐め、甘く噛む。
「待っ・・・、修司っ・・・・。」
少しの抵抗を見せる和哉を封じるように頭の後ろを手で固定して、息を吸おうと開いた口の中に舌を侵入させた。
逃げる和哉の舌を絡めとり、味わう。
それだけでぞくりとしたものが修司の体に走り、思わず呻いた。
「和哉・・・・、和哉・・・・。」
和哉の吐息も何もかもが愛しい。
そして今、抱き締めているこの体も心も、全て自分のものなのだ。
堕ちた、そう感じた。
それは和哉だけではなく、修司もまたもう二度と元には戻れない。
決して、この手から手放すことはない。
「しゅ・・・・じ・・・・、好き・・・・だから、ずっと居て。ね・・・? お願・・・い・・・。」
口付けの合間に途切れ途切れにそう言う言葉に口元だけで笑いながら、修司はそれに口付けで応えた。



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