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蜘蛛の巣
6



二人でそのままスーパーで買い物をし、部屋に着くとすぐ着替えてキッチンに立つ
和哉の後ろに修司が立ち、手元を覗き込んでくる。
「和哉はいつでも嫁にいけるな。」
「なんで嫁なんだよ。」
いつもと変わらない軽口に笑いながら肉を刻み、野菜に火を通していく。
簡単な料理を作ってテーブルに運ぶのを修司も手伝い、いつものように晩酌のビールを冷蔵庫から取り出す。
毎日変わらない光景、そんなことが酷く愛しく思えて和哉は頬を緩ませた。
テレビをつけるとまたよく分からないバラエティ番組が始まっていて、意味もよく分からないのにそれを見ながら笑い、食事を進めていく。
「あいつ、何の話だったんだ? 和哉。」
食事を終えて皿を洗うのは修司の役目、大きな背中が小さなキッチンで格闘している姿はなかなか見物で、和哉はテレビもそっちのけで眺めていた。
「ん・・・・、ねえ、学生の時、修司が人に怪我させたのって俺のせい?」
がちゃんと皿がぶつかる音がして、目を瞠る和哉を振り返り修司が笑みを見せた。
「悪い、手が滑った・・・・。」
洗い物を終え、修司は和哉が座る座椅子の隣に腰を降ろした。
「あれはあいつらがお前を傷つけようとしてたから、その前に止めさせようとしただけだ。たいした怪我なんてさせてないから、気にするな。」
いつもより更に声を柔らげて和哉を怖がらせないように気を使ってくれているのだとすぐに分かった。
「俺に・・・悪さ? どうして・・・・・。」
それでもそんな悪意を向けられていたことを教えられて怯えた様子を見せる和哉の頭をそっと撫でて、修司は優しく微笑んだ。
「とりまきだかファンクラブだか知らないが、あいつらは自分たちこそが俺の傍にいるのが相応しいだとか勝手に思い込んでたんだ。だからお前が悪いんじゃ
ない、あいつらが勝手に思いこんで嫌がらせしようとしてただけなんだ。」
あの当時確かに修司の周りは華やかで、だけどいつからか修司は自分ばかりを構うようになった。
それが面白くないと思う人間はいただろう。
そして悪意が悪意を呼んで、和哉を傷つけようと考えてもおかしくはない。
「俺・・・・、ごめん・・・・。何も知らなくて、お前が俺の為に・・・・。」
「知らなくていいんだ、何も気にしなくていい。俺が勝手にやったことだ。」
何も知らずに修司に守られていたことをあらためて感じて、和哉は嬉しさと申し訳なさで複雑な思いになる。
傍にいて守られているだけの存在でしかない今の自分が歯がゆくて、だけどそうして守られているのが心地よいのも確かなのだ。
「ありがとう・・・・、修司。」
呟いて泣き笑いの表情を見せた和哉に目を細め、修司はそっと視線を外し息を大きく吸って吐いた。
「和哉・・・・・、あのな・・・・。」
何事かを言いたいような顔で言葉を濁す修司に首を傾げると、修司はリモコンに手を伸ばして騒がしいテレビを消した。
そして和哉に向き直り、真剣な眼差しのまま口を開いた。
「俺、結婚するかもしれない。」
「・・・・・・・え?」
修司の言葉を理解するのにしばらく時間がかかった。
和哉は呆然と修司の顔を見つめ、言われた言葉を何度も頭の中で繰り返す。
結婚。
修司が、結婚して、いなくなる・・・?
理解できたと同時に言いようのない不安と焦燥感が身を包んだ。
ゾッとして足元から嫌な感覚が這いあがってくる。
気持ちが悪くなり、吐き気さえ感じるその不快感に口元をおさえ、和哉は目の前が暗くなっていくのを感じた。
自分はなんて薄情なのだろう、おめでとうなんて言葉は微塵も浮かんでこなかった。
「だ・・・・れと?」
「親がすすめる相手とだ、今度見合いをすることになった。」
修司が結婚する。
それはいつかはそんなこともあるだろうとは思ってはいたが、現実となるとたまらない胸の痛みを感じた。
胸をおさえたまま和哉は浅く深呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着かせようとしたがどうしても出来なかった。
「け・・・・っこん、しちゃうんだ・・・・? でも、でも何も変わらないだろ?俺たち友達なんだから・・・・別に結婚したって、今まで通り・・・・・。」
湧いてくる生唾を飲み込みながら和哉はなんとかそう途切れ途切れにそう言い、縋るように修司を見つめた。
大丈夫だって、言ってくれるだろう?
だが修司は辛そうに眉を顰め、和哉の視線から逃れるように顔を逸らした。
「和哉・・・・、結婚してしまったら、今までのようにはいかなくなる。優先しなきゃいけなくなるのは、彼女の方になるんだ。 こうして、お前といつも一緒には居られなくなる・・・・・、何かあっても俺はもうお前の傍にはいてやれない。 」
彼女、そう言った修司の言葉に息が詰まりそうだった。
胸が苦しくて、咽喉が熱くて、言葉が出ない。
「もちろん俺たちが親友に変わりはない、ただもうお前が苦しんでいても悲しんでいても、俺はこれまでのようには傍にいてやれなくなる。分かるな?」
親友が結婚する。
それは本来ならば喜んでやらなければいけない事だろう。
おめでとう、幸せになってねと言わなければいけないのに、そんな言葉すら口に出来ない。
喜んでやらないと、修司の幸せを願ってやらないと。
親友なのだから。
「和哉、これからは、1人でも大丈夫だよな?」
ひと際優しい声音でそう諭され、震える背中を擦られるとたまらずに涙が溢れた。
心配をかけてはいけないのに、大丈夫だよと言わなきゃいけないのに。
後から後から溢れ出す涙を止めることさえ出来なかった。
「和哉・・・・?」
ぽろぽろととめどなく涙を流しながらひたすら嗚咽を堪える和哉の髪をそっと撫で、修司はその体を抱きこんだ。
「和哉・・・・、どうして泣くんだ? 言ってみろ。」
修司の言葉がどこかまだ呆然としている頭に響く。
どうして?
寂しい、から。
いなくなられると思うと胸が痛いんだ。
「和哉、泣いてても分からないだろう? どうして、そんなに泣くんだ? 喜んではくれないのか?」
背中を擦りながら静かにそう言う修司の声もどこか震えているように思えた。
いつも傍にあった確かな存在。
修司がいれば寂しさも悲しさも感じない。
だけど居なくなったら?
奥さんを第一に考えるのは結婚してしまえばそれは当然のことで、自然と距離が離れてしまうのは仕方ないだろう。
そうは思っても、自分から修司が離れてしまうと考えただけで、世界は真っ暗になってしまう。
1人に、なってしまう。
「しゅ・・・じ・・・・、嫌だよ・・・・。 結婚なんて、しないで・・・。俺を、1人にしないでよ・・・・。修司がいなくなったら俺・・・。」
修司の背中に手を回し、シャツをぎゅっと握った。
どこにもいかないで、傍にいてよ。
そんな思いを込めて修司の背中を抱くと、強い力で抱き返された。
「和哉、どうしたい? 俺に、どうして欲しい?」
促すようなその声にしたがって和哉は修司を見上げた。
「・・・俺を、1人にしないで・・・。」





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あきゅろす。
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