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蜘蛛の巣
5


俺はお前から離れないよ、お前もそう望んでいるんだろう・・・・?

しっかりしないといけない。もっと強くなって、1人で生きていけるように。
そうお前が考えているのは知ってるさ。
そして同時にずっと俺が傍にいてくれたらいいと思っていることも。
何も知らない、何も分かっていないお前のことを誰より、お前自身より理解しているのが俺だっていうこと、いい加減気づけよ。
足掻いてももがいても、お前が俺から離れて1人生きていけるわけないだろう?
そうなるように、長い時間をかけて俺はお前の中に根をはった。
俺がいなければ、一人では何も出来ない。
1人が寂しいっていうことを、お前に教えたのは、この俺だからな・・・・・・。
誰かが傍にいてくれる心強さに、お前はもう抗えないだろう?
俺はお前から離れない、お前がそう望んでいるから。


3.和哉 side


ああ、またやってしまった、また修司に慰めてもらってホッと安心しきっている自分に少し嫌気がさす。
だけど初めて知った修司の体温が心地よくて離れたくないような気持ちになって。
大きな背中に手を添えると一瞬固まった修司が優しく髪を撫でてくれだすともうどうでも良くなってきた。
同じ部署で仲良くなれた二人の突然の異動で落ち込んだ和哉の為に、それだけの為にわざわざ顔を見にきてくれたこの親友の存在がどれほど自分の中で大きいかを再確認させられる。
ずっと一緒に、なんて現実には無理だと分かっている。
だけど修司がずっと一緒だと言ってくれると本当にそれが現実になりそうな気がして、大丈夫な気がして和哉は修司を見上げて微笑んだ。
「和哉・・・・・・。」
ごくりと咽喉を鳴らして、一瞬苦い顔をしてから修司は和哉の身体を離した。
温かい体温が離れたせいでぶるっと震えると、また修司が和哉の身体を包み込んだ。
温かさが戻ったことにホッと息を吐く和哉に苦笑を漏らし、修司はよしよしと頭を撫で続けてくれた。



滝山と河野がいなくなった経理部は火が消えたように静まり返って、居心地が悪かった。
普段親しくしていたのは滝山と河野の二人だけだったせいか、休憩の時間も昼食も共に過ごす人がいない。
誘ってくれる人がいなかったわけではないが、曖昧にそれを断わり和哉は1人でいることを選んだ。
滝山と河野にはあまり気を使わないですんだが、他の人とはそうもいかなかった。
つい顔色を窺ってしまい、余計に疲れてしまう。
そんな和哉を知っているからか、修司は時間の限り和哉のところに来てくれて昼を一緒にしたりしてくれた。
それだけが救いであり、会社に行く唯一の楽しみにさえなっていた。
毎日とりあえず会社に出て仕事をする、そして夜になれば修司が傍にいてくれる。
そんな単調な日々が、だけどとても幸せで、もう何も疑問に思う事なんてなかった。
親友だから、そんな微かな免罪符に縋って、自分はなんて愚かなのだろう。
それはとても細い糸で、少しの揺らぎで簡単に切れてしまうものだったのに。



いつもの通り定時まで仕事をして、会社を出る。
目指すのは待っていれば修司が来てくれる自分のアパート。
同僚二人がいなくなった寂しさなどいつのまにか消え去り、以前よりむしろ毎日を楽しんでいる自分がいた。
不思議だけど、自分は修司がいてくれたらそれだけで寂しさも不安もないみたいだ。
だって修司はいつも俺を一番に思ってくれて、いつも俺を楽しませてくれる。
寂しい時は寂しくないように、つまらない時は楽しめるように、静かに過ごしたい時はただ黙ってそこに居てくれる。
自然と足取りは軽くなり、背中に羽が生えたみたいにうきうきしていた。
今日も家に帰れば修司がそのうち来てくれて、一緒にご飯を食べて、それから、今日は確か観たいと思っていた映画がテレビであるはずだ。
そんな事を顔を緩ませながら歩いていると、ふいに肩に誰かの手がのった。
「佐伯、佐伯だろ? 久しぶりだな〜!」
濃紺のスーツをさらっと着こなし、爽やかに笑う顔にはどこかで見覚えがあった。
だけどどこでと言われると少し悩んでしまう。
「俺だよ! 大学で一緒だった、西山! まさか覚えてない?」
名前を言われてぼんやりと面影が浮かび、ああと和哉は苦笑した。
修司と親しくなる前までよく声を掛けてくれていた男だと記憶を辿って思い出す。
人見知りが激しい和哉だが、朗らかな西山には早い段階で気を許していた。
だがいつのまにか声を掛けてくることがなくなって、忘れていた。
「相変わらず薄情な奴だな・・・・、まあいいや、元気だったか? 変わってないな〜、お前。」
眩しそうに目を細める西山に首をかしげ、それから柔らかく笑うと急に西山の顔が引き締められた。
ちょっとそこで話さないかと言う西山に一瞬躊躇したものの、思いつめたような顔に嫌だとは言えず、和哉は西山に従ってすぐそこにあった喫茶店に入った。
座るとすぐにウエイトレスが注文を聞きに来て、それに紅茶と答えてから和哉は西山に向かい合う。
「で、何・・・・?」
「お前・・・・・・、今も加藤といるのか?」
こちらの顔色を窺いながら言いづらそうにそう言い、西山は唇を噛み締めた。
和哉と修司が同じ会社に入社したことを知らないのだろうかと思い、和哉はきょとんとしたまま頷いた。
届いた紅茶に砂糖をひとすくい落とし、スプーンで混ぜながら何故そんなことを聞くのかと口を開こうとするとそれより先に西山が口を開いた。
「お前、大丈夫なのか・・・・・・?」
何が、大丈夫なんだろう。
何が言いたいのか分からずに西山を見つめる和哉にはぁと息を吐き、西山はスプーンを持ったままの和哉の手を握った。
「何・・・・・?」
他人に触れられる不快感に和哉が眉を顰めると、西山は更に握った手に力を込める。
「あいつが、大学の時佐伯に近づく奴を全部痛めつけてたって、知ってるか?最初の頃はただ牽制するだけだったのが、どんどん激しくなって、無理やり近づこうとした奴なんて半殺しにされてるんだぞ?」
何を言っているのか理解できずに呆けたままの和哉に舌打ちして、西山はテーブル越しに和哉の顔に耳を寄せた。
「あいつは、お前から何もかも奪って、誰も近寄らせなかった。」
西山は耳元でそう言ったのに、どこか遠くから聞こえる声のようだった。
西山の声が遠くなっていく。
「俺も、加藤の目が怖くてお前にはもう近寄れなかった。大学の皆そのことを知ってて、だんだんお前の周りから離れていったんだ・・・・・・。」
数は少なかったが、確かに存在していた友人たち。
顔を合わせれば挨拶くらいしていた同級生。
いつからか誰の声も聞かなくなった。
「心配だったんだ、あいつの目、尋常じゃなかった・・・・・。お前に、酷いことしてるんじゃないかって、ずっと気になってたんだ。」
いつも傍には修司がいた。
誰もいない、修司だけがいた。
どれくらい修司以外の人間と普通の会話をしてないだろう。
どれくらい、修司以外の人間と触れ合っていないだろう。
だけど寂しいなんて思わなかった。
だっていつだって傍には確かな存在があったから。
修司以外は必要ない、それくらい修司の存在は確かなものだった。
「なあ・・・・・、酷いこととかされてないか? みんな本当はお前と仲良くなりたくて話がしたかったんだぞ? だけど誰も加藤には適わないから。」
酷いこと・・・・?酷いことなんてされてない。
修司が和哉に手を上げたことなんて一度もないし、声を荒げられたこともない。
ただ静かに、だけど力強く傍にいてくれた。
「修司は・・・・、いい奴だよ・・・・・? なんで、そんなこと言うの?」
握られた手を引き剥がし、ぐっと拳を握り締めるとその上にまた手が乗せられた。
また嫌な不快感が湧いてきて、和哉は西山の手を振り払った。
「いい加減なこと言わないでよ、修司は俺の親友なんだ。 あいつは、すごくいい奴で、誰より優しくて頼りになるんだ。 あいつの悪口は聞きたくない。」
思わず声が大きくなって、口元を押さえた和哉に西山がなんとも言えない表情を見せる。
哀れんでいるような、痛々しいものを見るような・・・・。
そんな目で見られるのが耐えられなくて和哉は俯いて固く目を瞑った。
「ずっと気になってたんだ、佐伯がどうしているかって。酷い目にあってるんじゃないか、今、つらい目にあってるんじゃないかって・・・・。」
「つらくなんてないし、酷い目になんて合ってない。 修司は・・・修司は・・・・。」
身体が小刻みに震えだし、青褪めた和哉に西山が手を伸ばす。
だがその手は和哉に届く前に阻まれた。
「和哉、大丈夫か? 気分が悪いのか?」
頭上から柔らかな声音が聞こえて、和哉はハッと顔を上げた。
そこに立っていた修司の姿に体中の力が抜けていく。
「修司・・・・・・。」
今にも泣き出しそうな和哉の表情に修司が西山を睨みつけた。
その視線は和哉が知っている修司には有り得ない、酷く冷たくて恐ろしいものだった。
「修司・・・・・?」
見たこともない、和哉には想像もつかないほど怒りに満ちた修司の形相に自分が睨まれているわけでもないのに怯えてしまう。
修司が怒ると怖いことは知っている、だけどそれも直接見て知っていたわけではない。
ただ、修司がきれて相手に怪我を負わせたと聞いただけだ。
「二度と、和哉の周りをうろつくな・・・・・・。」
低く、獣が唸るような呟きに西山の顔が恐怖で白くなる。
そして転げるように喫茶店から飛び出していった。
喫茶店の店員や客たちが好奇に満ちた視線をこちらに寄越すのに居たたまれなくて、
そして怒っている修司を見るのも怖くて和哉は床を凝視した。
「和哉、帰ろう・・・・・。」
先ほど西山に向けた低い声音ではなくいつもの柔らかな修司の声に恐る恐る顔を上げると、和哉が知っている優しい修司の顔があって、一気に気が抜けた。
「・・・・・・うん。」
こちらに差し出された手に手を重ね、またホッとしている自分がいた。
だけど当然だろうと和哉は自分に言い聞かせる。
だって、修司は一生涯の大事な親友なのだから。




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