[携帯モード] [URL送信]

蜘蛛の巣
4



和哉の口からあの二人の名前が出た時、胸に浮かんだ感情をなんと呼べばいいだろう。
自分の見ていないところで和哉が誰かと親しくしている、そんな場面を想像しただけで胸が焼け焦げそうになる。
嬉しそうに言う和哉の顔を張り倒してやりたいような、だが同時にそんなことが出来るはずがないことは誰より自分が知っていた。
他の人間などいらないだろう?
俺がいたらそれでいいだろ?
そう言いたくて、言ってしまえば怖がると分かっていながら言いたくて。
それを我慢する為に思わず手に力が入り、ビールの缶が勢いよく潰れた。
そんな些細な音にさえ一瞬身を固める和哉がまた愛しくて、怖がらせないように修司は笑ってみせた。
翌週の月曜日、修司によって左遷された二人が社内から消えた。
経理部の社員二人を左遷することなどたいしたことではない。
「寂しい・・・・けど、どうしようもないし・・・・。俺・・・・・。」
親しくしていた二人が異動になって、和哉が落ち込んでいるのを見るのはたまらなく苛々する。
仕事を終えて和哉の部屋に来てみると、沈んだ顔がいつにも増して艶を帯びているように見え、思わず手を伸ばしたくなる。
だがそんな顔をさせているのが自分ではないことが酷く腹ただしい。
「俺がいるだろ? これからも俺はずっとお前と居るから、そんな顔をするな。」
座椅子に身体を丸めて座る姿は酷くか弱く、修司の心を擽る。
今ここで、抱き締めたらどう思うだろう。
そう思いながら修司はただ沈んだ和哉の頭を静かに撫でた。
「うん・・・、でも修司だっていつかいなくなっちゃうだろ?可愛いお嫁さんもらって、子供作って、いなくなるんだ・・・・。いつまでも一緒にはいられないだろ? そうだろう・・・?だから、もっとしっかりしなきゃって思うのに・・・・ごめんね?」
薄っすらと瞳に涙を浮かべて小さくそう言った和哉に武者震いした。
あの二人が異動になったことが寂しいんじゃない、いつか二人のように修司もまたいなくなるのだと思って1人で悲しんでいるのだ。
そう気づくともう堪らなかった。
「しゅ・・・・修司?」
初めて抱き締めた身体は想像していたより細い。
そして柔らかくて、すっぽりと腕の中におさまった小さな身体がこれまで以上に愛おしくて。
幼子にするようにあやし、体を揺すった。
「大丈夫だ・・・・・、俺はお前の前からいなくなったりしない。ずっとお前といてやる・・・・・。だから何も心配しなくていい。」
「でも・・・・・。」
今ここで言えば、もしかしたら手に入るかもしれないという甘い期待が修司の胸に過ぎる。
だが、と思いとどまる。
まだだ。
完全に、和哉の全てを完璧なまでに手に入れるまでは。
「お前には俺がいる。親友だろう?」
親友だろう? その言葉に安心しきったように和哉は修司の胸に頭を寄せた。
もっと力を込めて抱き締めたい。
息が苦しいほどに抱き締めて、二人の間にあるほんの少しの隙間さえもなくして、自分だけのものにしたい。
修司の中に荒れ狂う激情を知らないまま、気づいた時には和哉は修司で雁字搦めになっているだろう。
逃げたいなどと思わない、むしろずっと一生このままで、そう思うだろう。
和哉のほうから、修司と二度と離れたくないと思わせる。
それはきっと、そう遠くない。



父親のいる本社ビル最上階の社長室でゆったりと寛ぐ修司の姿に、和哉の前で見せる穏やかな顔はひとつも見当たらない。
煙草を口に銜えたまま修司は父親を冷めた目で見つめ、くっと鼻で笑った。
「会うだけなら構わない。俺は結婚するつもりはないからな。」
有名な華道家の長女との見合い話にそう素っ気無く答えた修司に父親である加藤幸造が眉を顰めた。
同じ苗字ではあるが、そう珍しい姓でないせいか社長と修司を今のところ結びつけて考える人間はいなかった。
だがそれも時間の問題だろう。
「お前はこの会社をいずれ背負っていかなければならないんだぞ、家柄のいい娘を娶って、跡取りを作らなければならない、これはお前の義務だ。」
厳しい顔を作ってそう強く言う父親に修司は目を細め、口元を歪ませた。
「俺は結婚はしない、どうしてもしろと言われるのなら俺は家を捨てる。それに、跡取りなら姉貴の子供でだっていいだろ。血の繋がりに変わりはない。」
修司にとって会社は事を上手く運ぶ為の手段でしかない。
和哉を手にいれるための権力、それが欲しいだけであって他の誰かをわざわざ娶らなければならないのであれば、そんなもの欲しくもない。
「どうしてお前はそう・・・・・・、まあいい。会えば気も変わるかもしれん。」
溜息を吐きながら幸造は見合い写真を畳み、それを修司に投げてよこした。
興味なさそうに修司は一応写真を開き、映っている女性を眺めた。
どこか、少し和哉に似た面影がある。
染めたわけでもない淡い色の髪、琥珀色の瞳はまるで姉弟と言われても納得できそうなほど雰囲気が似ていた。
だがそれだけだ。
似てはいても、この女は和哉ではない。
だが、使える。
「とりあえず、親父殿の顔を立てる為に見合いには行く。それだけだ、期待はしないでくれ。」
渡された写真をソファに投げ捨てて、修司は社長室を出て行った。
どこか浮き足立った修司の足取りに幸造は微かな不安を感じずには居られなかった。



一ヵ月後、修司は和哉にわざと見合いの話を持ち出した。
結婚しなければならないかもしれない、と。
そう伝えた時、和哉の目に浮かんだ不安と寂寥の色を、修司が見逃す筈はなかった。




[*前へ][次へ#]

4/8ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!