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蜘蛛の巣
3



ずっと一緒、なんて無理だよな。

あいつにおんぶに抱っこされてこのままずっと一緒になんて無理なんだ。
それは分かってる。
ただあんまり傍にいることが居心地が良すぎて、ぬるま湯みたいでずっと浸かっていたいんだ。
いなくなったら、自分にするように優しい仕草を他の人にされたら、そう思うと寂しくてたまらない。
本当はね。どんな綺麗な女性にも渡したくないんだよ。
子供じみた独占欲だってことはちゃんと分かってる。
いつかは幸せになれよって応援してやらないといけないんだ。
だから俺、もっと強くならないといけない。
あいつが安心して誰かと人生を共に出来るように、俺も頑張らないといけないんだ。
だけどそう言うとあいつ泣きそうな顔をするんだ。
俺より身体も大きくて、強くて男前のあいつが、顔を歪めて嫌だって言うんだ。
なあ、いつまでもこのままじゃいられないんだよな・・・・・。


2. 修司 side


初めて佐伯和哉という人間を目にしたのは大学の必修クラスでのこと。
さらさらとなびく茶色の綺麗な髪と、大きくて切れ長の琥珀色の瞳が酷く目を惹く男だった。
大人しくていつも俯いているその顔が自分に向けて上げられた瞬間、
強烈な衝撃を受けたのをよく覚えている。
それは庇護欲だったのか、支配欲だったか・・・・。
ただその瞬間感じた。
これは、俺のものだと。
それから和哉の傍になにかというと張り付き、人見知りの激しいあいつの壁を少しずつ剥ぎ取っていった。
内に入り込んでしまうと和哉という男は修司に惜しみなく全てをさらけ出した。
初めて修司に向けて心からの笑顔を見せてくれた時、言いようのない高揚感が身を包んだ。
和哉は自分をつまらない人間だと思っているようだが、それは大きな間違いで大学内でも和哉に近づきたいと思っている輩は多かった。
線が細くて、強く抱き締めるときっと折ってしまいそうなたおやかな体つき。
一見するときつく見られがちな眦は気を抜くと綺麗な女に見慣れた修司でさえハッとするほどだった。
これでよく今まで無事だったと不思議に思う。
人見知りで引っ込み思案ではあるが、これだけ綺麗な容姿をしていて今まで食指を動かした人間がいなかったはずはない。
だが修司は和哉と付き合っていくうちに気づいた。
人に見られるのが苦手な和哉は自分の気配を消すのが上手いのだ。
下ばかり見て顔を人から隠しているから、近くに寄らないと皆和哉の魅力になかなか気づかない。
近くに寄り、触れ合ってしまえば誰しもが和哉の全てを欲しいと思うだろう。
修司がそうであったように。
ならばこれから和哉が他の人間と接触する機会を全て消してしまえばいい。
誰とも話させず、誰とも語り合わせず、誰とも触れ合わせない。
近寄る人間はことごとく排除していった。
そして自分だけを和哉の中に沁み込ませていく。
他の誰にも目がいかないように、和哉の望みは全部自分が叶えていけばいい。
つらいことがあったら修司が慰める、行きたい場所があったら修司が連れて行く。
誰にも入り込ませない、二人だけの偏った世界。
その中で修司は和哉を独占していた。
もう他の女には全く興味が湧かなかった。
いままで遊んでいたどんな相手よりも修司にとっては和哉のほうが美しく思え誰より愛しさを感じさせる人間だった。
修司の全ては和哉へと向けられる。
人が知れば気が狂っていると思われるかもしれない。
どこか常軌を逸した、それはある意味執念に近い。
狂気じみた和哉への執着心は日に日に募り、もう後戻りは出来なかった。
本当なら大学の時にでも自分のものにしてもよかった。
だが和哉は恋愛に対して奥手、というかそうゆう感情自体淡白な男だった。
誰かを好きになるとか、誰かを愛しいと思う感情が希薄なのだ。
いつだったか、修司が冗談交じりに「俺がもしお前の事スキだって言ったら、どうする?」と聞いたとき、意味が分からないといった顔をしていた。
友人だからとかという事ではなく、そうゆう感覚が和哉にはよく分からないのだろう。
子供の頃から義母につらく当たられてしまったことが影響しているのかもしれないが、誰かと深く関わりあうのを恐れているようでもあった。
だからこうして和哉が修司に心を許すようになっただけでもかなりの進歩といえるだろう。
手放すつもりはない。
誰かにくれてやるつもりも全くない。
じわじわと和哉の中に自分だけを植えつけていく。
他の誰もいないのだと、和哉に自覚させていく。
それは修司にとって、そうたいして難しいことではなかった。




就職活動を始めた和哉が口にした企業名を聞いた時、その場で笑い出しそうになるのを必死にこらえた。
それは修司の父が社長を勤める、つまりいずれ修司が引き継ぐ会社だった。
手を回して和哉の希望通りに内定を決め、自分は海外事業部に決めた。
息子に甘い父親はすぐにでも修司に役職をつけようと考えていたようだが、それはまだ早いのだ。
そのうち、和哉の身も心もこの手中に収めてから、それからだ。
内定通知書が届いた夜、二人で深夜まで飲み明かした。
酒に強くない和哉がしたたかに酔い、修司に凭れかかって寝入ると、修司はその唇にそっと口付けを落とした。
もう少し、あと少しだ・・・・・そう胸の中で呟きながら。




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