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不可解な熱
粉雪 +2





年も明けた元旦の昼下がり、けたたましいチャイムの音が寝室にまで響き、田村は隣に眠る諒を起こさないようにそっとベッドから降りた。

時計を見ると13時を過ぎたあたり。

朝から身体を交わらせた疲れからか諒はまだ起きる気配はない。

寝室を出てリビングにくるとソファに腰掛けて煙草に手を伸ばす。

だがいまだ鳴り止まないチャイムに応える気はないようだ。

リビングの壁に掛かっている操作盤でチャイムの音を消す。

しんと静まったリビングに満足げな表情を浮かべて田村はキッチンへとコーヒーを入れに行き、諒が起きてきたときの為に野菜ジュースを作った。

少し痩せすぎの恋人の為にせっせと料理を作り、奉仕する姿を以前関係のあった女が見れば泡を吹いて倒れるかもしれない。

そんなくだらないことを考えながらリンゴの皮を剥き、ジューサーへと入れてゆく。

そして人参の皮も同様にそぎ、細かく切ってから入れるとスイッチを押した。

しんとしたリビングにジューサーの音だけが響いた。

だがすぐにそれは電話の音に掻き消され、田村は不快げに眉を顰める。

電話の相手は取らなくとも分かった。

チャイムをけたたましく鳴らした男だ。

元旦から濃い男の顔など見たくもないと田村はその電話の音も無視した。

キッチンから出て電話の前に立つと無表情のまま線を抜く。

またリビングに静寂が戻った。

コーヒーを片手にソファに座ると銜えていた煙草を灰皿に押し付け、新聞を手に取る。

パラパラと新聞をめくる音が静かにリビングに流れた。

だが今度はテーブルの上に置いてある田村の携帯が着信を知らせ、ちっと舌打ちを鳴らしてそれを手に取った。

「いい加減にしろ、何の用だ。」

誰からかも見らずに通話ボタンを押すと低い声で相手にそう言うと、耳に笑い声がきんと響いて田村は携帯を耳から離した。

少し耳から離しても聞こえてくる大きな声で相手は心底楽しそうに笑う。

「神田、お前俺をどうしても怒らせたいようだな・・・・。明日の朝刊にお前の死亡記事が載っていても俺は痛くも痒くもないがな。」

『そんな冷たいこと言うなよ、10年来の親友に向かってよぉ。』

「誰が親友だ、気持ち悪いことを言うな。 とっとと帰って一人寂しく正月を過ごすんだな。」

『なんだよお前、この俺がせっかくこうして会いに来てやったっていうのに部屋に入れてくれないつもりか? 田村ってのはそんなに薄情な男だったのか? 諒くんが知ったら悲しむだろうなぁ〜。』

ぴくりと田村のこめかみが動く。

どんどん機嫌の悪くなってゆく田村にはお構いナシに神田は一人悦に入ったように言葉を続けた。

『諒くんはお前を神様みたいに心が広くて優し〜い人だと勘違いしているからなぁ、お前の本性知ったらきっと泣いちゃうぞ? 可哀想になぁ。』

「安心しろ、お前と諒が会うことなど金輪際ない。」

悪乗りしている神田に付き合っている暇はないと田村はそれで通話を終わらせようとした。

だが。

「神田さんが来ているんですか?」

少し疲れた顔で寝室から出てきた諒が田村に向かって微笑み、近寄ってくる。

諒は神田を田村の大の親友だと勘違いしている。

そして神田がヤクザなのだと、知らない。

面白くて田村の学生時代の話などをしてくれる神田に無条件に懐いてしまっている諒に田村はため息をついた。

そして玄関のロックを外すと神田に入れと告げた。

すぐにドタドタと荒々しい足音が聞こえ、リビングの扉が勢いよく開かれる。

「神田さん、明けましておめでとうございます。」

慌てて服を着替えてきた諒が神田に笑いかけるのを憮然と見ながら、田村は神田を睨みつけた。

親分連中へのあいさつ回りでもしてきたのか、少し疲れた顔の神田を諒が心配そうに見上げる。

そんな視線すら自分以外へ向けられるのを嫌う田村は作っていたジュースを諒に渡し、自分の隣に座らせた。

「おお、おめでとうさん。 今年もよろしくなあ。」

にやにやと笑いながら神田が諒の持つ野菜ジュースを見る。

それに不思議そうに首を傾げながら諒は微笑を返し、冷たく冷えたジュースで喉を潤す。

「いや〜、今日は疲れた。 お堅い上司に正月まで会わなきゃならんのだけはこの家業で一番面倒だな。 ところで、もう初詣は済んだのか?」

スーツのジャケットを脱ぎ、勝手にキッチンに入るとコーヒーを自分で入れて戻ってくる。

そしてソファに戻る途中にテーブルの上にあったおせちに目を奪われ、そしてその場で肩を震わせて笑い出した。

「か・・・神田さん?」

「こっ・・・このおせち・・・・、まさかとは思うが・・・っ。 田村の手作り・・・・!」

綺麗に重箱に入れられた品の数々に目を潤ませて笑い、神田は田村を見やった。

目が三角になっている。

面白い、面白すぎると一人呟きながらソファに戻る神田に、田村がにやりと笑った。

「羨ましいか? お前にはおせちを作ってくれるような恋女房はいないからな。」

「馬鹿野郎、今頃家の前には女共がわんさか重箱抱えて並んでんだよ。 それがうっとおしいからこうしてここに避難しに来たんじゃねえか。」

「ほお、わんさかねぇ・・・・。」

神田の言葉を全く信じていない様子の田村の嫌味たらしい顔に、神田がむすっと顔を顰めた。

「神田さんと慎一さんって本当に仲がいいですよね。」

そんな二人の様子を微笑ましく見ながら諒がぽつりと言った。

冗談じゃないと顔を背ける田村に対して神田はまたにやにやとした顔になり、諒に大きく頷いた。

「おお、田村のことなら何でも知ってるぞ。 聞きたいことがあったらいつでも何でも聞きにこいな〜。」

人の良さそうな笑みを浮かべながら、目は何事かを企んでいる神田に、田村はいつか海に沈めてやると新年早々物騒なことを決意していた。

そしてその決意を実行に移してやろうと田村が決めたのはその夜も更けてからの事だった。







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