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不可解な熱
粉雪 +1
おまけ的な





「組長〜! もう絶対っ! 絶対俺を田村さんとこのパシリに使わないで下さいよぉ〜。」

バタバタと事務所に駆け込んできたかと思えばサンタの格好をしたまま下っ端の組員が神田に泣きついてきた。

「もうめちゃくちゃ睨まれて怖かったんですよ〜っ!?」

その時の状況を思い出したのか組員は青ざめた顔をしてぶるっと体を震わせた。

予想通りの組員の反応に神田は笑いを必死に噛み殺し、何食わぬ顔を装って見せた。

「ああ? てめぇ俺の為に走るのも立派な仕事のひとつだぞ! 嫌だとでもぬかす気かあ?」

そんなぁ〜と情けなくも涙目になっている組員を脅しながら神田は長年の悪友を思い浮かべた。

堅気の癖に一応組の看板を背負った立派な(?)ヤクザを慄かせる凄みを持った男は、裏社会に生きる神田の唯一の友人と言ってもいい存在だ。

中坊だった頃からの腐れ縁は互いに別々の世界を選んでもなお途切れることもなく、今も続いている。

もちろん普段から連絡を取り合うような親密さはないが。

ただ田村という男はとにかく性格が悪い。 

それはもうヤクザなんかをやっている神田よりも極悪非道な男と言える。

優しそうな穏やかそうな外見は世渡りの為であり、田村の本性を知る人間が数少ないだろう。

利用できる人間は利用する、邪魔になったら切り捨てる。

あの男の毒牙にかかって何人の女や男が泣いたことか。

それでも皆吸い寄せられるように田村に群がり、少しでも関心を引こうと躍起になるのだ。

それを田村は冷めた目でいつも眺めてはせせら笑う。

誰かを大事に思うとか、優しく思いやるなんていう人間らしい心は持っていない男。

それが神田の知っている田村だった。

そんな男が生まれて初めて人を愛した。

聞いた時には夢でも見ているのかと思わず自分の頬を抓ったほどだ。

だが夢ではないと分かった次の瞬間には気を失いそうなほど衝撃を受けた。

あの田村が、この田村が恋だあ!? しかも相手は男で、しかも普通のサラリーマンときた。

有り得ない。

執着なんていう生易しいもんじゃなく田村が恋人に傾倒しているのが見て取れて、神田はただひたすら現実を受け止めるのが精一杯だった。

利用できそうな女や、体だけの女を渡り歩いてきた田村の生まれて初めての、そして最後になるだろう恋。

現実を受け止めて自分の中に消化した後、神田はそれがどんなに面白いことかに気づいた。

思いついたのが田村の恋人にちょっかいをかけること。

いやもう、これ程楽しいことが生きている間にあるとは思わなかったと神田はニヤニヤと笑みを零した。

「組長、あんまりちょっかいを出しすぎるといつか田村さんにやり返されますよ。知りませんからね。」

椅子に深く腰をかけて行儀悪くデスクに足を乗せたまま嫌な笑みを浮かべる神田に組員の一人が顔を顰めた。

皆田村の恐ろしさを身を持って知っているからか、神田が何かをしでかすたびに戦々恐々と田村の仕返しを恐れた。

今のところ田村も神田の悪戯を受け流してくれているが、もしもそれで田村と恋人の中が縺れるようなことになったら・・・・、考えただけでも心臓が凍る。

「あ? くっくっく・・・。いいじゃねえか、あいつはこんくらいで切れるような男じゃねえよ。・・・・多分な。」

「せめて、何かするのならご自分でなさってくださいね。俺達は出来ればこの事には関わりたくないですから。」

組員達が一斉にその言葉に頷いたのを見て神田は舌打ちして窓の外へと目を向けた。

「イブの夜に雪を降らせるなんざ、神様も粋なこったな。」

しんしんと降り続ける粉雪を殺風景な事務所から眺め、神田ははーと息を吐いた。

普段は一人身であることなど寂しいとも思わない、だがこんな夜は人肌恋しくなるのはやはり神田も人の子ということか。

今頃ぬくぬくと恋人と甘い夜を過ごしているだろう悪友へのちょっとした悪戯は一人身の神田の嫌がらせに他ならない。

こんな日はいい女を抱いて寝るに限る。 

田村の恋人よりも可愛くて綺麗で良い女を。

「俺も恋がしてえなあ・・・・。」

ごつい体でそんな似合わない台詞をクリスマスイブに言わないで欲しい、組員一同が口に出さずにそう心中で囁いた。








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