不可解な熱
5
新しく出来上がった書類を江口に渡し、別の仕事に取り掛かろうと席に戻るとパソコンにメールが届いていた。
メールを開いた諒は冷や水を頭から被せられたような衝撃を受けた。
送り主は誰かわからない。
ただ内容は諒を中傷するものだった。
そして何より、すぐに加賀谷誠人と別れなければ二人の関係を写真付きでばら撒くとの内容に諒の思考が一瞬停止した。
オマエナドカガヤニハニアワナイ。
キタナラシイ。
思わず辺りを見回して諒はパソコンに視線を戻した。
誰が一体・・・・・・・・、どうして。
指先が冷たく上手く動かない。
震える指先でなんとかパソコンを操作して送られてきたメールを削除する。
だが頭の中にはメールの内容が鮮明に残り、残像が諒の瞼にこびり付いていた。
誰かが自分を憎み、陥れようとしているのか。
加賀谷には似合わないということは・・・・加賀谷のことを好きな人間なのだろうか・・・・・・。
そこまで考えて諒はハッと目を見開いた。
「まさか・・・・・・。」
恐る恐る視線をフロアに流し、たどり着いた先で諒はきつい眼差しとぶつかった。
何かを見透かすような、そして冷たく凍らせるような、江口の視線。
思わず目を反らして諒は唾を飲み込んだ。
以前加賀谷の恋人だった江口。
もしかしたら今も加賀谷を思っているのかもしれない。
だけど諒と加賀谷の関係を知っているとは思えない。
加賀谷がばらしたとは考えにくいし、社員の中でわざと江口に教えるような人もいない。
それに江口ではないかもしれない。
ただ単に諒が嫌いで冷たく当たるだけで加賀谷のこととは無関係かもしれないのだ。
こんなことは以前にもあった。
前の会社では暗くて地味な諒を馬鹿にしてきつく当たる人も多かった。
ここしばらく優しい人達の中にいたせいでそれを忘れてしまっていたのだろう。
元々こうだったのだ。
そう思いなおし珈琲を入れなおそうと席を立った時、さっきまで離れたデスクに座っていた江口が目の前で腕を組んで立っていた。
「ちょっと、あの書類どうゆうこと?」
声高にそう言う江口の言葉にフロアに居た社員が何事かとこちらを振り返った。
「え・・・、何か間違いでも。」
「間違いですって?嫌がらせなの?あんな書類作るなんて!」
言われた通り細かく区分し、江口の言うとおりに作り直したのだ。
そう作れと言ったのは江口だ。
「僕は、言われた通り作り直しましたが・・・・。」
「冗談じゃないわ、あんな書類じゃ困るのよ!いつもどおり作ってくれたらいいのに、私が作り直せと言った!?」
社員が只ならぬ雰囲気に仕事の手を止め、こちらに見入っているのが伝わってきて諒は思わず俯いた。
作り直せと言われたから作り直した。
だがここでそう言っても江口は聞いてはくれないだろう。
「すみ・・・・ませんでした。今すぐ作り直します・・・・。」
諒が頭を下げてデスクに座りなおそうとするとそれを遮るように江口は諒の目の前に先ほど作った書類をかざした。
「わざとなのね?わざと私が困るようにこの書類作ったのでしょう・・・・。私あなたに何かした?こんな嫌がらせされるようなこと私した!?」
薄っすらと眦に涙を溜めてそう詰め寄る江口に諒は息を飲んだ。
嫌がらせなどもちろんしていない。
だが何も知らない社員達は眉を顰めて諒を見つめた。
「違います!僕は嫌がらせなんて・・・。」
「じゃあどうしてよ、他の人の書類はいつもと同じように作ったのでしょう?どうして私の書類だけ・・・。 こんな書類とても先方に提出できない。分かってるでしょ?」
契約については諒は田村に教えこまれた。
何かあったときに相手に指摘されるような事があってはならないと。
だがら契約書を作る時諒は細部まで気を配り、最終的には田村に見直してもらっている。
今回も初めに作った書類は江口に出す前に田村に目を通してもらっている。
「最初に作った書類を作り直せと仰ったのは江口さんです、僕は言われた通り作り直しました・・・。また作り直せと仰るなら作り直しますが・・・。」
思わず顔を上げてそう言うと江口の眉間に深い皺がよった。
「私作り直してなんて言ってないわよ・・・、酷い・・・。」
江口はそう言うとハンカチを取り出して目元を押さえた。
芝居染みた行動に諒が口を開こうとした時。
「どうした?何かあったのか?」
江口の後ろから現れた顔に一瞬諒は自分が安心していいのか分からなかった。
加賀谷は泣いている江口を見ると怪訝そうに顔を傾げ、諒にどうしたと目で訊ねた。
「加賀谷くん、高田君が作った書類・・・・見てよ。」
諒が口を開こうとする前に江口は加賀谷に書類を渡し、またハンカチで顔を拭った。
加賀谷は江口に渡された書類に目を落とし、顔を顰めた。
「なんだこれ・・・・、おい、諒これお前が作ったのか?なんだってこんな。」
「私の書類だけなのよ、他の人の書類はきちんと作っているのに、私のだけ・・・。」
涙声で言い募る江口に言い返すことも出来ずに諒は呆然と加賀谷を見詰めた。
「すぐに作り直せ、こんな書類は取引先に提出出来ない。」
その加賀谷の言葉に青褪めた諒に追い討ちをかけるように江口は加賀谷を見上げ涙で濡れた瞳で微笑みかける。
「ありがとう、加賀谷くん・・・・。私が言っても聞いてくれなかったの。」
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