不可解な熱
1
昔見た夢はだいたい寂しくて、どこか切なかったように思う。
そこでは何故か身動きがうまく取れなくて、もがいてはまた動けないことに苛立ち、子供のころは夢の中で泣いていた。
だけどどうして。
人の温かさに包まれて眠るということは、夢にまで作用するのだろうか。
悪夢を見ることは、もうない。
「人から貰ったんだけど、一人じゃ飲みきれないから。いいでしょ?」
出社して一番にいきなりそう柳瀬に声を掛けられ、加賀谷は怪訝そうに首を傾げた。
何事かをたくらんでいる様に嬉々と笑顔を見せる柳瀬に顔を顰め、加賀谷は一体何のことだと口を開こうとした。
「いいでしょ?ね、ね?」
目を輝かせて加賀谷を仰ぎ見る柳瀬に溜息を吐き、加賀谷は持っていた鞄を机の上に置いた。
「だから一体何の事です、何がいいんですか?」
「だーからぁ、人からねワインをいっぱい貰ったのよ。友人がお酒を販売する会社にいるんだけど、試作品が余ったからあげるって。でも一人で飲んでもつまらないから、今日持って行くわ。で、一緒に飲みましょう!」
一気にまくし立てる柳瀬にげんなりと項垂れ、断わろうと振り返ったとき。
「わあ、ワインですか?いいですね、僕ワイン好きです。」
柳瀬の後ろから嬉しそうに顔を覗かせた諒に断わるつもりで振り返った加賀谷は言葉に詰まる。
にこにこと柳瀬を相手に笑う顔を見ると駄目だとは言えなくなり、加賀谷が何も言わない事を良い事にそのまま柳瀬が来る事が決定してしまっていた。
花の金曜日、その夜にどうして会社の同僚が家に来て、それをもてなさなければならないのだろうとうんざりとする加賀谷を他所に諒は嬉しそうに柳瀬となにやら話し込んでいる。
本当なら二人でどこかに出かけるなり、部屋で二人っきりで夜を楽しむはずだったのに。
来るのは柳瀬一人と思いきや、蓋を開けてみれば同僚が柳瀬の後に三人もついて来た。
何が楽しくて会社が終わってからも同僚の顔を見なくちゃいけない。
本当なら、本当なら・・・・。
そう悶々と考えている加賀谷の前になみなみと注がれたワイングラスが置かれた。
「さ、飲んで飲んで。今日は無礼講よ!」
すでに出来上がっている柳瀬が加賀谷の肩に腕を回し、ぐいとワイングラスを近づける。
加賀谷もワインを嗜む程度は飲むが、あまり好きな物ではない。
安物で悪酔いすると翌日まで引き摺ってしまうからだ。
それならば高いブランデーないし、ウイスキーを静かに楽しむほうがよっぽど加賀谷の好みだ。
それに本来の加賀谷は大勢でわいわい楽しく、といった群れる行為は苦手なのだ。
人は皆加賀谷を人の中心に居て、大勢でいることを好む人間のように思っているが、本当は違う。
一人で静かに、いや、諒と二人で静かに過ごす時間がどれほど貴重かを知った今となっては、大勢と過ごすこの時間が酷く時間の無駄のような気がした。
人を惹きつけながらも人を嫌う加賀谷は、他人から見れば傲慢この上ないだろう。
だが加賀谷にとって大事なのは諒と、諒と過ごす時間だけなのだ。
「俺は遠慮します、ワインはあまり好きじゃない。」
圧し掛かったくる柳瀬を申し訳程度押しのけながら曖昧に笑い、加賀谷は諒を覗き見た。
同僚に囲まれて恥ずかしそうに笑う顔はとても楽しそうで、まるでここに加賀谷がいることを忘れてしまっているかのようだ。
暗い何かが加賀谷の中に一点の染みを作る。
それを見ない振りをして、加賀谷は諒から顔を背けた。
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