不可解な熱
3
「んじゃ、後は俺達に任せろ。一応お前は堅気だからな、これ以上血に染まる必要はない。」
目を剥き、歪んだ顔のまま失神している男を足で蹴りつけ、神田は能面のような表情をしている田村を振り返った。
神田と目が合うと田村はいつものような飄々とした顔に戻り、それから煙草を取り出して口に銜えた。
「血に染まることを恐れる必要があるか?こいつの流した血は人間の血じゃない、ただ汚れた赤い液体だ。このまま山に捨てて野犬に喰わせた方が幸せかもな・・・・・。」
両腕は最早腕としての機能を果たすことはないだろう。
男としての矜持も、人間としての尊厳すらもう戻ることはない。
「俺はどっちでもいいいけどな、野犬にやる前に腹の中の物を売り飛ばす。」
「ふん、腐った内臓など売られた方は困るんじゃないか?ほとんど臓器として機能しないぞ。」
「お前が殴りすぎなんだよ、破裂してんじゃねえか。使えねぇ・・・。」
失神したままの男を仰向けに転がすと、腹は内出血で黒くなっている。
ちっと舌打ちしてから神田は控えていた男達に処理を命じ、運ばれていく男を眺めた。
「ありゃ意識が戻ってもまともにこれから動くことも出来ねえだろうな、馬鹿な男だ。お前の大事なもんに手を出したりするから。」
殺すつもりはない。
死なない程度に手加減したと言うように神田を見る田村に深く息を吐き、神田は田村の肩に腕を置いた。
「1回くらいお前の女見せろよ、調べればすぐに分かるがな。お前を怒らせると怖ぇからな。」
普段ならそうした事を深く聞かない神田だが、田村の女への執着と狂気を見せられて好奇心が疼いた。
その神田を横目で流し、煙草の紫煙を吐き出しながら田村はニヤリと笑った。
「期待させて悪いが、女じゃないぞ。男だ。」
田村の言葉に口を開けて呆けた神田の腕を払う。
しばらく意味を図りかねて眉を顰めた神田は理解すると同時に唖然と田村を見詰めた。
「おまっ、お前が!?男と!?・・・・有り得ねえ・・・・。」
田村の過去の女性遍歴を知る神田にとってはもちろん寝耳に水で、信じがたい話だった。
この田村が惚れた女ならよっぽどの美人で、見たらしゃぶりつきたくなるような女だろうと予想していた神田は胡散臭げに田村を見やった。
「宗旨替えか?お前が男とねえ・・・・。想像つかねぇ。」
嫌な想像をしたのか顔を顰める神田を田村は面白そうに眺める。
男の社会で生きているくせに神田は男同士というのをあまり理解してない。
自分の守備範囲外のことには全く興味を示さないのは神田と田村に共通していた。
「男なら誰でもいいわけじゃないぞ、俺はあいつだから惚れたんだ。必ず手に入れる。手に入れて二度と誰にも触れさせない。」
誰にも語った事のない己の心情を田村は神田に語る。
吐露した想いは田村の本気であり、それがどれほど真剣なものなのかを神田は口調から感じ取った。
だがふと神田は疑問を感じた。
「・・・は?お前のもんじゃねえのか?」
田村のことだ、とうに相手を手に入れているとばかり思っていた。
だがまだそうじゃないらしい。
「今はまだ、他の男のものだ。」
そう言う田村の顔に苦味が走り、神田は目を瞠る。
珍しいものを見るようにまじまじと田村を見詰め、それから笑いを堪えるように肩を揺らした。
「ま、せいぜい頑張んな。俺は高見の見物とさせてもらおう、面白そうだ。」
にやにやと笑う神田に鋭い一瞥を投げつけ、田村は煙草を放り投げた。
それから高田に手を出した男の行方は田村も知らない。
どこかに捨て置けと言っておいたから、そのままに神田は男を捨てただろう。
死んではいないだろうが、どこでどうしているか既に田村は興味を失っていた。
そして助けてくれたお礼を恥ずかしそうに何度も言う高田を、ただ愛おしそうに見詰めるだけだった。
終わり
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