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不可解な熱
4




一緒に電車に乗り込み、他愛ない会話をしているとすぐに降りる駅に着き、諒は西川に頭を下げて電車を降りた。

「じゃあまた。」と言う西川に社交辞令のつもりではいと頷くと嬉しそうに笑っていた顔がどこか諒の頭に残る。

元来社交的な性格ではない上、人に慣れるまで時間がかかる諒に対し、西川は全く気にせずに入り込んできているような気がした。

友人になれるかと聞かれれば多分答えはNOだ。

朝助けてくれたことや、柔らかい物腰を考えれば友人にもなれそうなのに、諒は何故かそれは出来ないような気がしていた。

ぼんやりとそんな事を考えていると、いつのまにかマンションにたどり着いていて、エレベーターに乗りこむと壁にもたれ掛かり諒は深い溜息を吐いた。

部屋に入っても一人なのだと思うと気が重い。

二人でいると感じないのに、一人だと部屋が広くて物寂しいような気がするのだ。

たった3時間の距離がもどかしい。

「・・・・・!」

部屋に着いて鍵を外し、扉を開いて中に入ろうとした時、後ろから衝撃を感じて諒は玄関の中に倒れこんだ。

玄関の床に叩きつけられた肩が痛み、諒は何が起こったか分からずに恐る恐る後ろを振り返る。

「・・・・・!?」

逆光で影が出来ているが、それが先ほど別れたばかりの西川だと気づいて諒は訳の分からない恐怖を感じた。

「ホント無防備だよね、高田さんって。そこが可愛いところだけど、安心しすぎてちょっとムカツクかな・・・。」

にこにことやはり笑みをたたえたまま西川はゆっくりと玄関の中に侵入してきた。

諒は身体が震えだすのを止められずに呆然と西川を見上げた。

笑っているのに目が笑っていないのに気づいて、諒の咽喉がひくりと引き攣る。

怖い・・・・・。

本能的にそう感じて倒れたまま後ろに下がろうとすると、西川が屈みこんで

諒の足首を掴んだ。

「や・・・・、どうして。西川さん・・・!?」

搾り出した声が酷く掠れていて、諒は唾を飲み込む。

「ずぅっと前から見てましたよ、可愛い人だなって。小さくておどおどしてて、泣かせたらさぞ気分がいいだろうってね。だけどいつもあの男があなたの傍に居ましたからね、近づけなかったんだけど今日はラッキーでした。家は調べて知ってたし、名前も趣味も好きな物も嫌いな食べ物だって僕は知ってますよ。あなたのことで知らないことはなんにもない。ただあの男のものだってのが気に食わないなあ・・・・。」

諒の足をそっと擦る西川にぞっと背筋が凍る。

倒錯したように諒の足から靴を脱がし、靴下を剥ぎ取って西川は足の指に舌を這わせた。

ビクッと諒は我に返り、西川の手から足を引き離そうともがいた。

「離して!嫌だっ・・・!」

「静かにして、手荒な真似はなるべくしたくないんです。気持ちよくしてあげますから。」

一畳ほどあるとはいえ、窮屈な玄関で圧し掛かるように身を乗り出してきた西川の顔を咄嗟に殴りつけて諒は身を翻した。

だが一歩も逃げないうちにまた足を掴まれ、したたかに床に打ち付けられて諒は呻いた。

「大人しくしなよ、どうせ逃げられないし助けも来ない。」

くすくすと楽しげに笑う西川に恐ろしさのあまり諒は気が遠くなりそうになる。

何故こんなことに・・・・。

朝会った時は爽やかで優しそうに見えたのに、こうも豹変できるものだろうか。

そして目の奥にある軽薄そうな光と、卑猥な笑いが諒の恐怖を煽る。

ずっと前からと男は言うが、いったいいつからこんな機会を狙っていたのだろう。

ましてや諒も男で、こんな男に付け狙われる覚えもない。

「ああ、いいですね、その顔。僕が怖いですか?もっと怖がって怯えて下さい。 その方がそそる。」

楽しそうに笑いながら廊下に倒れている諒のシャツに手をかけ、そのまま一気に引き裂いた。

釦が弾けとび、そこらじゅうに散ったのが目の端に映った。

「嫌だっ・・・!離せっ、誰かっ・・・!!」

圧し掛かってくる男の腕を振り払うように暴れる諒の頬に鋭い衝撃が走る。

殴られたと分かって諒は身体を強張らせた。

そして両腕を掴まれ、男が自分のネクタイを外して諒の手を縛るのにまた暴れだすと今度は反対の頬を張られる。

力強い力に殴られて一瞬朦朧とすると、男が咽喉を鳴らして笑っていた。

「そうそう、じっとしてろよ、可愛がってやるからさ。あんたもあの男が居なくて寂しいんだろ。俺が慰めてやるよ・・・・・。」

さっきまでの口調と打って変わって舌なめずりするような西川の声音に諒は身体が凍りついた。

怖い、怖い、怖い。

嫌だ・・・・。

「加賀谷さ・・・、助けて・・・・。」

泣きじゃくりながら加賀谷の名を呼ぶ諒に西川が舌打ちして、また諒の顔を殴りつけた。

「ひっ・・・・・。」

「せっかくここまできたのに、萎えるようなこと言うなよ。」

そう言いながら西川が諒の顎を掴み、唇を合わせようと顔を近づけてくるのを諒は絶望の中で見詰めた。

こんな男に穢されたら、もう加賀谷には会えないと諒は脳裏に浮かんだ姿を追い求めた。

汚された体では会いたくない。

こんな男に一瞬でも気を許した自分が情けなくて惨めで堪らない。

何かあったらどうするんだと田村が心配してくれたのが遠い日のような気がした。

西川の手から顔を外そうともがくが、固く掴まれた顎 に身動きが出来ない。

そして唇が触れ合いそうになった瞬間。

「っ・・・・!」

重たく圧し掛かっていた男の身体が離れ、壁にぶつかる鈍い音が響いた。

「殺してやる・・・・・・っ。」

低く地を這うような押し殺した声が頭上から聞こえ、その声に諒は目を見開いた。

目の前には西川の首を締め付け、壁に押さえつけている加賀谷の姿があった。

「・・・加賀谷・・・さ・・・・?」

信じられない光景に呆然としながらも、加賀谷がそこにいることに諒は身体の強張りを抜いた。

「よくも俺のものに触れてくれたな・・・・、覚悟は出来てんだろうなあ?ああ?ぶっ殺してやる・・・。」

そう言った途端加賀谷が男の顔を殴りつけ、その反動で倒れそうになった男の髪を掴んで膝で鼻を打ち付けた。

「ぐっ・・・・・。」

くぐもった西川の嗚咽が諒の耳に響く。

「殺してやる・・・・。」

鼻から血を流す西川に尚も加賀谷は拳を振り下ろし、骨の折れるような鈍い音が聞こえた。

「加賀谷さ・・・、加賀谷さん・・・。」

小さな諒の声には気づかないようで、加賀谷は男を外に引き摺り出し、そこでまた殴りつけている。

嫌な音が響いてきて、諒は震える身体をなんとか起こし、玄関から外に這いずった。

男を倒し、馬乗りになっていまだ殴りつけている加賀谷を止めようと手を伸ばした時、エレベーターから降りてきた田村と柳瀬女史がその光景を見て顔を強張らせた。

「よせっ、加賀谷!殺す気か!?」

慌てた田村が後ろから加賀谷を離そうとするが、それでもなお加賀谷は男に拳を振り落としていた。

元の顔が原型を留めていないほどに腫れあがった西川が、泣きながら許しを請う。

だがそんな姿でさえ怒りを注ぐのか、加賀谷は西川の首を両手で締め付ける。

「あいつに触れた・・・、こいつはあいつに触った・・・。殺してやる。 二度と目の前に現れないように殺してやる・・・・。邪魔するなっ!」

「加賀谷っ!」

後ろから止めようと羽交い絞めしてくる田村の腕を振り払い、加賀谷はまた西川に手を伸ばした。

「ひっ・・・!」

加賀谷の酷い形相に怯えたように西川は身を屈める、その西川の髪を掴んで加賀谷は腕を振り上げた。

「加賀谷さんっ・・・・!」

震える声で諒がそう叫ぶと、加賀谷の腕が空中で止まり、荒い息のまま諒を振り返った。

そして泣き顔のまま加賀谷へと手を伸ばす諒を見て、一瞬加賀谷の顔が泣きそうなほどに歪む。

「くそっ・・・・・!」

西川から手を離し、加賀谷が玄関先で座り込んで泣いている諒を引っ張り、抱き寄せた。

その腕が微かに震えていることに気づいて、諒はまた涙を流す。

「ごめ・・・、ごめんなさ・・・。加賀谷さ・・・、僕、僕。」

加賀谷に抱き締められて諒は壊れたように泣きじゃくり、縋りつくように加賀谷の背中にしがみ付いた。

何故神戸にいるはずの加賀谷がここにいるのかも、タイミングよく現れたのかも分からない。

でも加賀谷はここにいる。

今自分を抱き締めてくれているのは、加賀谷なのだ。

「諒・・・、諒・・・・。」

諒の身体が軋むほどにきつく抱き締める加賀谷の声も掠れ、震えている。

「こいつ、どうする?警察に突き出すか?」

抱き合った加賀谷と諒に田村が冷静な声を掛けてきた。

西川の両腕を後ろで縛り、首根っこを掴んだまま田村は冷酷な笑みを浮かべている。

その隣で柳瀬女史が西川の姿をカメラに映しているようだった。

加賀谷が田村を振り返り、鋭い視線のままに口を開いた。

「いや・・・、警察に連れて行ったら根掘り葉掘り聞かれるだろう。それは避けたい、どこかに捨ててきてくれ。」

警察に行けば有罪は免れないだろうが、そうすれば何故こんなことになったのかを話さなけれ ばならない。

男から襲われたなどということを諒が警察に説明しなければならないことを加賀谷は避けてくれたのだ。

そう言う加賀谷に田村はニヤリと笑い、頷いた。

目が異様な光に満ちているような気がするのは諒だけだろうか。

「後は俺に任せてくれ、きっちりと落とし前付けさせる。」






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