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不可解な熱
3





終業時刻を過ぎ、数人の同僚と皆のいきつけの居酒屋に連れてこられた。

居酒屋というよりバーと居酒屋が合体したような今時の洒落た雰囲気に諒は気後れしてしまい、柳瀬女史の隣で小さくなっていた。

「ほら、何飲む?結構飲めるのよね、社長に聞いてるんだから。」

楕円形のテーブルに皆が座ると、柳瀬女史が諒のオーダーを聞き、ウエイターを呼んだ。

「高田とこうして飲むのって初めてだよな、いつも加賀谷さんが張り付いてるから誘いにくかったしさぁ。」

女史が諒の分のビールを頼んでくれている間にまだ若い同僚の男性が声を掛けてくる。

「そうそう、近づいたら容赦しないぞっていう感じでさ、あの人って怖くないか?」

別の同僚も同意しながら諒に笑いかけてきた。

「え、怖くないですよ?僕が頼りないから心配してくれているだけで・・・。」

「そうか?なーんか怪しいよな、だいたい仲良すぎだろ。一緒に住んでるらしいし。」

まだ飲んでもいないのにふざけてそう詰め寄る同僚に押されてぐっと顎 を引くと、女史が同僚の頭を押さえて諒から引き離してくれた。

「こら、あんまり苛めないの。怖がってるじゃない。」

女史が諒を見て宥めるように笑うと、諒の肩から力が抜ける。

母親のような包容力のある柳瀬女史は皆からの信頼も絶大だった。

「高田くんと加賀谷くんは前の会社からの友達だし、高田くんみたいなタイプって保護欲そそるじゃない?目 を離すとどっかでこけて泣いてそうな・・・・。」

どうゆう意味か図りかけて諒は顔を顰めた。

「加賀谷くんは保護者代わりなの、だから変な目 で見て高田くんを困らせたら容赦しないわよ。」

びしっと他の同僚を指さして柳瀬が言うと、皆が一斉に笑い出した。

「女史も保護者みたいですよ、お母さんみたいだ。」

「あら、勿論よ。こんな可愛い子だったら今すぐ息子にしたいわ。」

諒の頭を撫でながら言う柳瀬に顔を真っ赤にして俯いた諒に同僚が乾杯とグラスを掲げた。

それから二時間ほど雑談をしながら飲む時間は、諒にとっては新鮮で楽しい時間だった。

こうして時々同僚と飲むのもきっと楽しい。

今度は加賀谷も一緒に居たら、きっともっと楽しいだろう。

そろそろお開きにしようかと柳瀬女史が言った時、後ろから誰かが諒の肩を叩いた。

「高田さんじゃないですか?こんばんは。」

驚いて振り返ると、朝電車で会った男性がにっこりと笑いかけていた。

名前教えたかな、そう思いつつも諒も笑みを浮かべて会釈した。

「偶然ですね、僕も後ろで飲んでたんですが、どこかで見た顔だなと思って。」

諒と一緒にいる数人を見渡して男性は軽く頭を下げる。

知り合い?と柳瀬女史が耳打ちしたのに諒は曖昧に頷き、朝電車でとだけ答えた。

それになるほどと女史が納得したように頷き、男性を見上げた。

「初めまして、高田くんの同僚の柳瀬です。そちらは?」

どこか品定めするような視線に男は動じる事もなく女史を見詰め返した。

「西川と言います、田島出版に勤めているので高田さんとは路線が同じなんですよ。」

大手とまではいかないが、よく耳にする出版社だ。

「高田さん、もう帰られるならご一緒しませんか?どうせ同じ電車だろうし。」

おっとりと穏やかな言い方ながら否と言わせない強引さを感じて、諒は戸惑った。

今朝会ったばかりなのに、人懐っこい性格なのか笑ってそう言う西川に断わるのも悪い気がして、諒は頷いた。

「じゃあ駅まで私も一緒に行くわ、路線は違うけどね。」

女史がそう言ったところで飲み会がお開きになり、皆とまた明日と言い合って店を出る。

冷え込んだ夜の風がすーっと通り抜け、諒はお酒で火照った頬が冷やされる感覚にうっとりと目 を細めた。

それをじっと見詰める視線に気づいて、諒が顔を上げると西川が微笑んだまま見詰めていた。

「あの、何か・・・?」

「いえ、なんでもないですよ。ただもっと小さい人かと思ってたらそうでもないんですね。 いつも大きな人と居るからそう見えてたのかな。」

並んでも西川の肩あたりまでしかない諒は、やっぱり小さく見えるんだと顔を顰めた。

「いつから高田くんのこと知ってるの?なんだかいつも見てたみたいな言い方だけど。」

諒の隣に並んで歩く柳瀬女史が目 を薄めて西川を見た。

その女史のいつもにはない硬い表情に諒は首を傾げる。

「いえ、いつも見てたわけじゃ・・・。ただ目立つ人と一緒にいるからつい目がいってて。」

慌てたようにそう言う西川に女史は何かを考えるように黙り込んだ。

そして思い出したように顔を上げ、諒の肩を叩いた。

「ごめん、あたし会社に忘れ物してた。ちょっと戻るわね、じゃ。」

唐突にそう言い残して柳瀬女史は来た道を小走りに戻っていった。

その後姿を目で追いかけながら、女史が忘れ物なんて珍しいなと諒は惚けたまま考える。

「行きましょうか、高田さん。」

西川に促され、頷いて諒はどこか違和感を感じた。

名前を教えた覚えはない、それに女史の言うようにいつもまるで見ていたというような西川の言葉に引っかかりを覚える。

何がとかどこがとかは分からないが、何故か纏わりつくような不快感を感じる。

今朝助けてくれた人に対してそう思う事自体間違っているのかもしれないと諒はそんな考えを吹っ切るように早足で歩き始めた。





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