不可解な熱
2
「それで、その男に結局助けてもらったわけだ?」
朝一番に大丈夫だったかと聞いてきた田村に諒は今朝の出来事を掻い摘んで話した。
はいと満面の笑みで頷いた諒に田村は眉を顰める。
「そんな知らない奴に簡単に気を許すな、何かあったらどうするんだ。加賀谷が聞いたら怒 り狂うぞ。」
田村の言葉にハッと諒は顔を青くした。
田村にさえ嫉妬するような加賀谷が、今朝のような事を知ったらどんなに不機嫌になるか今までの経緯で容易に想像できた。
「あ、あの。これは言わないで下さいね・・・・。心配かけるから。」
泣きそうな顔で懇願する諒に田村はニヤリと笑みを浮かべる。
「じゃあ明日からは俺が車で迎えに行ってやる。いいな?」
「え?いえ、それも・・・・、いいです。」
加賀谷の出張が決まった時、田村は一人で通勤するなら迎えに行ってやると言ったが、加賀谷の反対でその話は流れていた。
諒自身田村に迷惑を掛けたくないという思いと、加賀谷を刺激したくない思いでそれを断わっていたのだ。
「じゃあ加賀谷に言っていいのか?絶対あいつ怒 るぞ。」
そう言われると諒はどう答えていいか分からなくなるが、田村の車に乗るほうがきっと嫌がるだろうと考え、諒は俯いて首を振った。
「僕、電車で通勤できますから。子供じゃないし、一人でも大丈夫です。」
だいたいどうして皆一人じゃ電車にも乗れないような事を言うんだろうと諒は項垂れる。
そんなに頼りなく見えるのだろうか。
「ふ〜ん、まあ別にいいけどな。お前がそう言うなら。でも何かあったらすぐ電話しろ、いいな?」
ぽんと諒の頭に軽く手をのせ、田村は自分の席に戻って行った。
諒もまた席に着き、ふっと息を吐いた。
もう社員全員が出社しており、社内はざわざわとした喧騒に包まれている。
だがその中にいつも居るはずの加賀谷の姿がないだけで、寂しく感じるのはやはり心細いのだろう。
たった一週間だと諒は大きく深呼吸して、パソコンの電源を勢いよく押した。
「ねえ、高田くん、昨日から加賀谷くん居ないでしょう?今日みんなで飲みに行こうって言ってるんだけど高田くんも行こうよ。どうせ一人じゃ寂しいでしょう?」
隣の席の女性にそう声を掛けられ、諒は目を瞠った。
社内の飲み会などでは一緒に飲むが、こうしてプライベートで誘われることは滅多にない。
それに一人じゃ寂しいでしょうと言う言葉に加賀谷との関係を知られているようで、諒はどう返事をしていいか迷った。
「いつもはさ、加賀谷くんが居るから誘いにくいじゃない。あの人高田くんの保護者みたいにしてるし、近づくなオーラを発してて。でも居ない時くらい皆と友好を深めてもいいんじゃない?ね、行こうよ。」
設立からいるこの柳瀬女史は田村が他所の会社から引き抜いたキャリアウーマンで、仕事も出来るし頭の回転も早い、そしてきつめだが綺麗な顔をしている。
長い髪を後ろで一つにまとめ、いかにも仕事が出来る雰囲気の女性だ。
そろそろ三十路も近いのに、若く溌剌とした柳瀬女史に憧れを抱いているのは社内には多いようだ。
「侘しい男世帯に一人で帰るより、皆で楽しく飲んでから帰ったほうがよっぽど寝付けるわよ。ね?」
畳み掛けるようにそう言われて、諒は思わず頷いていた。
よしと柳瀬女史に頭を撫でられ、諒は首を竦める。
いくら年上とはいえ、女性にまで子ども扱いされる自分が情けなくもあり、そしてくすぐったかった。
今まであまり周囲の人と触れ合ったりじゃれあったりすることもなく過ごしてきて、ここに来て構われたりからかわれたりするのが嬉しいと自然に思える。
それは今ここに居ない加賀谷のお陰だと諒はよく分かっていた。
加賀谷は周りから諒を隠すようにするくせに、同時に諒を周囲に溶け込まそうとする。
きっとこうして加賀谷が居ない時に諒が一人きりになってしまわないようにと考えてのことだろう。
今は神戸に居る男の姿を思い浮かべて、諒はこっそりと笑った。
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