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不可解な熱
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風がだんだんと温かくなり、気候が穏やかになってくると、気持ちも穏やかになってくるような気がする。

寒いときは身体も心も縮んでしまうけど、温かくなると猫が伸びをするように身体を伸ばしたくなる。

触れ合う体温も心地がいい。

休日にのんびりとこうして二人でベッドの中でごろごろしている時間が幸せすぎて、諒はまたうとうとと眠りに落ちだした加賀谷の腕の中で目を閉じた。

すると寝ぼけたまま加賀谷が諒の背中をさすってくる。

あやされているような、宥められているような手の動きが諒の瞼を落としていく。

こんな風に穏やかな時間を二人で過ごせるようになるなんて、以前は想像すら出来なかった。

だけど今は加賀谷の腕の中で眠れることが当たり前になっている。

幸せすぎて罰があたるかも。

そう思いながら諒は頬を緩めた。





実家暮らしが長く、末っ子で猫かわいがりされていた諒は基本的に家事が一切できない。

反対に一人暮らしが長い加賀谷は、ある程度は一人でこなせる。

料理もレパートリーは少ないが上手だし、洗濯も掃除も手際が良い。

だからいつの間にか諒がするより先に加賀谷が全てを終わらせてしまっているのだ。

何度か諒も食事を作ってみようと試みたが、出来上がった物は異様な匂いを発し、とても口に出来そうなものではなかった。

洗濯をしようとすると洗剤の量が分からずに多すぎたり少なすぎたりするし、掃除をすると物を壊してしまう。

仕事をしているのはお互いなのだから、自分もなにかしなければと思うのに、手を出すと余計に悲惨な状況になってしまうため、今ではほとんどを加賀谷に任せっぱなし。

「お前は何もしなくていい、それより服着替えておけよ。出かけるぞ。」

いまだにパジャマのままの諒を苦笑して加賀谷が急かす。

ぼんやりと家事をこなす加賀谷を眺めていた諒はハッと顔を赤らめ、慌てて寝室へと戻った。

着替えてリビングに行くと加賀谷はもう掃除を終わらせ、珈琲をすすっていた。

白いシャツにジーンズを履いているだけなのに、眩しく見えるのは何故だろう。

昼の明るい光を受けて、加賀谷の髪が亜麻色に光る。

どこかに外国の血が混じっているような加賀谷の雰囲気に、諒はしばらく惚けた。

カウンターテーブルで腰をかけて座っていると足の長さがより一層引き立って、まるでそこだけがドラマか映画のワンシーンのように見えた。

ふと自分の姿を省みると、恥ずかしさに居たたまれなくなる。

「どうした?ぼーっとして。」

柔らかく笑う加賀谷に誤魔化すように笑みを返して、諒は加賀谷の隣に座った。

珈琲を飲み終える加賀谷を待って、それから二人で家を出る。

休日にこうして二人で出かけるのは毎週のことだが、いまだに諒はそれに慣れることが出来ない。

街に出ると加賀谷に集まる視線をどうしても意識してしまうし、隣に並んでいる自分が酷く滑稽に思えて堪らない。

それでも一緒に出かけると加賀谷が嬉しそうにしてくれるから。

「映画でも観るか、新作で観たいのがあるって言ってただろ?」

駅のそばにある映画館を指さして楽しそうに笑う加賀谷に諒が頷くと、手を握って加賀谷は映画館へと足をはやめた。

「ちょ・・・、加賀谷さんっ。手っ・・・手。」

周囲の目が気になって慌てる諒を振り返り、加賀谷はいたずらっ子のように笑った。

「見たいやつには見せ付けとけばいい、堂々としてろよ。俺は手を繋ぎたい。」

そう言った加賀谷に引き摺られるように映画館に入ると、中にいた人達が一斉に加賀谷へと目を向ける。

何処に居ても人の目を惹く人とはいるのだと諒は実感する。

加賀谷へと向けられた視線が、加賀谷の隣にいる諒にまで向けられると、諒はどうしても俯いてしまう。

「ああ、あれだろ。ほら、丁度もうすぐ始まるぞ。」

ぐいと手を引かれてチケット売り場に並ぶ。

人ごみから庇うように肩を抱き寄せ、楽しそうに映画の時刻盤を見上げている。

チケットを買い、指定された席に着くと隣に座った加賀谷がまた手を握ってきた。

暗い中で他の人から見えないとしても、恥ずかしくて諒は手を引き抜こうとした。

だがぎゅっと握られ、加賀谷を見上げるとにやりと笑われる。

ワザとやってる。

そう思うとなんだか恥ずかしがっている自分のほうがおかしく思えて、諒は頬を赤らめた。

しばらく宣伝が流れ、本編が始まると諒はすぐに映画の世界に引き込まれ、隣にいる加賀谷の存在すら忘れて大画面に見入った。

記憶を無くし、何も分からないままに命を狙われる主人公が、人生を切り開いていく内容が、思っていたより面白くて、諒はビデオになったら借りてまた観ようと思いながら観ていた。

終わってからもしばらく余韻が抜けず、映画館を出てからも映画のシーンが頭に流れる。

「映画を観るのも考えものだよな、そんなにボーっとするなら。」

小さなレストランで苦笑する加賀谷にハッと意識を戻し、諒は照れたように首を傾げた。

ビールを傾けながら眩しそうに目を細める顔がなんだか男を意識させて、諒は思わず目を彷徨わせる。

「すごくいい映画でしたね、面白かった。」

「ん?あ〜、そうだな。まあ良かったんじゃないか。」

もともと加賀谷はあまり映画に興味がない、今日も諒が観たいから付き合ってくれただけだ。

「今度は海に行きましょうか、温かくなってきたし。」

アウトドアのほうが好きな加賀谷は海や山が好きだ。

そう聞いたときは正直意外だと思ったが、楽しそうにアウトレジャーの雑誌を見ている姿を最近よく見かける。

「そうだな、まだ入るには早いが、気持ちよさそうだ。」

一緒に居るようになって意外な発見が多い。

家事が得意だったことも意外だったし、インドアよりアウトドアの方が好きだというのも意外だった。

そして二人で出かけたり、デートらしいことを好むのも本当に意外だった。

深く付き合わないと相手のことは見えてこない。

そう実感させられる瞬間が加賀谷といるとたくさんある。

そして知らなかった面を見るのが、とても楽しくて幸せなのだ。





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あきゅろす。
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