不可解な熱
3
諒が一人暮らしの為に借りたマンションは結局未だにダンボールが積み上げられたまま。
いい加減片付けに行きたいと言う諒を加賀谷は必要ないと一言で切り捨てる。
ほとんど、というか全く帰れていない部屋に久しぶりに戻って諒は目の前に積み上げられたダンボールに溜息を吐いた。
今日は加賀谷が接待で遅くなる。
加賀谷の部屋で待つようにと言われていたが、本当にいい加減片付けないとけないと黙ってこちらに戻ってきた。
ガムテープで止められたダンボールを一つ一つ片付けていく。
少しづつかたどっていく自分の部屋に諒は一人顔を緩ませた。
初めての一人暮らし。
どうせほとんどを加賀谷の部屋で過ごす事にはなるだろうけど、どうしても諒は逃げ場が欲しかった。
加賀谷のことを信じていないわけではない。
だけど自分のような男をいつまでも好きでいてくれるなど傲慢なことは考えていない。
いつか加賀谷と離れることになったとき、帰る場所が欲しかった。
実家でもなく、兄の部屋でもなく、自分だけの場所。
それがあると思うだけで、心が慰められるから。
いくつものダンボールから荷物を取り出し、片付けているといつのまにか時計の針は24時を指していた。
そろそろ寝ようかと電気を消し、ベッドに入ると急にシンとなった室内に寒気を感じる。
「・・・いつもは加賀谷さんに抱き締められて眠るからか・・・。」
そう呟いて諒は布団を頭から被った。
1人で眠る事など以前ならなんでもないことだったのに、寂しくてたまらない。
あのあつい熱に抱き締められて、息苦しいほどの抱擁の中で眠ることに慣れてしまっている自分に気づく。
眠気はあるのに、何故か寝付けずしばらく布団を被ったまま固く目を閉じていた。
そしてやっとうとうとしだした頃、玄関の扉を叩く音にびくりと身体が強張った。
暗闇の中で諒は神経を尖らせて玄関のほうを見詰めた。
こんな夜中に一体誰が・・・。
諒は足音を忍ばせ、玄関のスコープから外を覗いた。
「・・・え。」
すぐに鍵を外し、諒が扉を開けようとする前にドアが開けられ、恐ろしい形相をした加賀谷が中に入り込んできた。
「加賀谷さん・・・?どうしたんですか?」
「どうしたじゃねえ!なんで此処にいるんだ、部屋で待っていろと言った筈だ!」
「え・・・、あの、片付けようと思って・・・。それで・・・。」
肩を怒らせて怒鳴る加賀谷に怯えながら言う諒に舌打ちして、そのまま諒を押しのけて部屋に上がってくる。
ほとんど片付き、落ち着いた室内を見回してまた加賀谷は舌打ちを繰り返す。
「荷物を解く必要はないと言っただろう、どうせこの部屋は今月いっぱいで解約なんだ。」
「・・・は?」
「今月いっぱいでこの部屋は解約される、俺が手続きをしておいた。お前は俺の部屋に住むんだ。」
ハッと諒は部屋の契約書の袋を引き出しから取り出した。
だが中を開くとそこから契約書のみが消えている。
「か・・・加賀谷さん、どうして・・・。」
「お前に俺以外の場所があるのが嫌だ、お前が帰って来る場所は一つでいい。俺は絶対にお前を離さないからな・・・。他の場所など必要ないだろう。」
どうやってこの部屋に置いてあった契約書を取り出したのか、そしてどうして諒の不安を知っているのか。
諒は戸惑いながら加賀谷を仰ぎ見た。
「逃げ場を作っておきたいんだろうが・・・、そんなものをお前に与えるつもりはない。俺から離れないんだろう?だったらこんな部屋いらないじゃないか・・・。」
酷く自信なさげに伸ばされた手が諒の手前で止まる。
思わず諒はその手を取り、ぎゅっと握り締めた。
敵わない、そう思う。
いつもは自信たっぷりで傲慢で不遜な男が、自分のこととなるとまるで子供のようになる。
そんな姿を見せ付けられるともう諒にはどうしようもない。
「離れない・・・・、加賀谷さんが僕を放り出すまでは・・・、傍にいます・・・。」
加賀谷の手を握ったまま目を潤ませて言う諒に堪らないといった風に目を細め、腕の中に閉じ込めた。
「俺がお前を離すと思うか?・・・毎日、お前を抱くたびに気持ちがどんどん昇っていくんだ。頭がおかしいんじゃないかと自分でも思うくらい、お前のことしか考えられない。離せるわけないだろ・・・、こんなに・・・」
そのまま言葉を繋ぐことなく諒の唇を奪い、舌を絡ませる。
「好き、好きです・・・。」
何度も繰り返す諒に柔らかく微笑みながら、加賀谷はその身体をベッドに横たえた。
「この部屋で抱くのは最初で最後だな、たまには別の場所でやるのもいいな・・・。」
先程までの不安げな様子はすっかり影を潜め、いつもの不遜な顔になった加賀谷に諒はくすりと笑みを零した。
翌日の休日を利用して二人で荷物を纏めなおした。
とりあえず必要なものだけを持ち、諒は加賀谷のマンションへと引っ越した。
もう逃げ場を持とうなどとは思わない。
自分の場所は加賀谷の傍しかないのだから。
不可解だった熱は今明確な意味を持ち、そしてその熱は上昇し続ける。
それは下がる事はきっとない。
そう諒は信じていた。
終わり
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