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恋狂い
5


名刺に書かれてあった『柊 興業』はすぐに見つけられた。
だがそのビルを目の前にして、真澄は立ち竦んだ。
こんなに大きな会社とは思わなかった。
柊の持つ権力は、真澄の想像をはるかに超えているように思える。
あの言葉を頼りに此処まで来たが、いざ目の前にすると躊躇された。
本気にしたのかと嘲笑われるかもしれない。
真澄はぎゅっと拳を握り締め、気弱になる心を叱咤した。
エントランスに入るとすぐに受付で柊の名刺を出した。
訝しげにこちらを見る受付の女性に用件を聞かれて真澄はどう答えればいいのか思案した。
「お約束がないと、社長にはお繋ぎ出来ません。」
アポイントをお取り下さい、そう無情に言われて真澄は項垂れた。
その時。
「どうしました?」
後ろから優しい声音の男の声が聞こえた。
振り返ると40代くらいの細身の男が立っていた。
受付の女性がその男性の出現に立ち上がり最敬礼をしたところから見て、この会社でかなりの地位にある人間だと窺える。
「早瀬真澄と言います。柊さんにお会いしたいのですが・・・・・。」
受付に言っても埒が明かないだろうと男性に向かって頼み込むように頭を下げた。
これで駄目なら出直そう、そう真澄が思いながら頭を上げると男の驚いた顔に出くわした。
「早瀬・・・、真澄さん?あなたが?」
眉を寄せながら真澄の顔を凝視してくる。
自分を知っているのだろうかと頭を傾げると、男が困惑したような顔をする。
「早瀬さん、あなたが尋ねてきたらお通しするように社長から言い付かっております。どうぞご案内しますので来て下さい。」
男の言葉に真澄は瞠目した。
来る事を知っていた?
何かがおかしい・・・・・。
何故・・・・・。
戸惑い逡巡している真澄を男は急かす様にエスカレーターへと導いた。



こちらでお待ちくださいと通されたのは社長室だった。
ここまで案内してくれた男が居なくなると真澄はどっと肩の力を抜いた。
ヤクザのいる会社というのは、映画で見たようなところを想像していた。
こんな近代的なビルにいるヤクザを不思議に思うのは、時代遅れなのだろうか。
黒で統一された清潔な室内。
大きな窓の前にはパソコンが置いてある机と座り心地の良さそうな椅子がある。
周りの壁には本棚があり、ぎっしりと難しそうな本が並ぶ。
真澄はソファに凭れながら溜め息を吐く。
分からない事が多すぎる。
突然移された借用書、逃げた父の友人。
そして自分が来ると疑うことなく思っていたらしい柊。
一度しか会っていないのに、何故こんなところに来るなどと思ったのだろう。
そこまで考えて真澄はハッとした。
まさかそんな事があるわけない。
そんな事をして一体何の得があるというのか。
真澄は指の先まで血が凍ったように冷たくなるのを感じた。
「待っていたぞ、真澄。お前をな・・・・・。」
真澄の座るソファの後ろの扉が開き、低い声が足元まで響く。
真澄は恐ろしくて振り返る事が出来なかった。
「貴方なんですか・・・・・?貴方が全てやった事ですね・・・・?」
真澄の呟きに冷たい笑い声が聞こえる。
肩に手を置かれて真澄は背筋が凍る。
振り返ると冷酷な笑みを浮かべる柊が居た。
「欲しいものを得る為には、手段は選ばない。徹底的に逃げ場は奪わせて貰おう。」
柊の暗い哂いに真澄は眩暈を感じていた。
「何故・・・・、どうして・・・・・。何が欲しいんですか・・・・。僕も、僕の家族も貴方が欲しがる物なんて何も・・・・。」
震える指でスーツの端を握る真澄の手に触れながら柊は自嘲気味な笑みを漏らす。
「何が欲しいんだろうな、俺にもよく分からん。だが欲しいと思ったんだ、お前を見たとき・・・。」
ソファの横に座り、柊は真澄の顔を掴んだ。
「何も知らないような顔をして、結婚まで考えている女が居るらしいな。可哀相だが、もう二度と女に会えると思うな・・・・・。」
そう言うと、強引に真澄の唇を塞いだ。
驚いて柊の身体を押し返そうともがくが、反対にソファに押し倒された。
舌が真澄の咥内に侵入し、好き勝手に動き回る。
「嫌だっ・・・・・・!離せっ・・・・・。」
叫んだ途端顔を殴られた。
その痛みに真澄が呻いていると髪を掴まれる。
「俺を拒否するな。お前は黙って俺に抱かれていればいいんだ、家族を見殺しにしたいか?」
怒りを押し殺したような柊の形相に真澄は怯え、涙が頬を伝った。
真澄が流した涙を舌で掬い、柊は唸る。
「俺を否定するな、俺から逃げられると思うな・・・・・。」
柊の低い呟きを聞きながら、真澄は暗い闇に自分が捕まってしまったことを漠然と思った。





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