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恋狂い
4


自宅に帰り付いてからも真澄は落ち着かなかった。
あの男の眼が脳裏に焼きついて取れない。
ベッドの上に座り込み、名刺を睨みつけた。
あの柊という男が何故自分にこんなものを渡したのかが分からない。

何かあったら俺を頼れ、お前は助けてやる。

考えても何も分からない。
分かっているのは、早い内にあの店を辞めてあの男から遠ざかった方がいいという事だけ。
暴力団が経営する店だと何故もっと早くに分からなかったのか。
真澄は己の浅はかさを悔やんだ。
だが、店を辞めてしまえば済む事だと真澄は軽く考えていた。
「佳代に会いに行こうかな・・・・・。」
明日は休日で、すでに会う約束はしている。
無性に佳代の顔が見たくなって、真澄は携帯を取り出した。



「大丈夫?顔色が悪いわ・・・・・。何を買いたいのか知らないけど、無理しないでね。」
佳代のアパートは自転車で20分の距離にある。
車ならすぐの所だが、酒を飲んでいてそれも出来ない。
佳代は自転車でも飲酒になるのだからタクシーで来いと言うが、今は少しの散財も避けたい。
何のためにバイトを始めたかは佳代には伝えていない。
驚く顔が早く見たい、そう思いながら真澄は笑みを零す。
「大丈夫、少し飲みすぎたみたいだ。」
温かなコーヒーを入れてくれた手を握り締めると佳代は頬を赤らめる。
こんな時、愛しいと思う。
もう3年の付き合いになるのに、佳代は出会った頃と変わらずに真澄を昂ぶらせる。
指輪を渡したら、一体どんな顔をするだろう。
泣いてしまうんじゃないだろうか。
その時のことを想像するのが、最近の真澄の楽しみだった。
佳代の小さな身体を抱きしめながら、真澄は心が落ち着いていくのを感じた。
白くきめ細かい肌に黒く長い髪。
そして真澄を優しく包み込む佳代の全てを愛していた。
誰よりも、何よりも・・・・・・・。



それを聞いた時、真澄は目の前が真っ暗になった。
倒れそうになる身体をなんとか支え、涙に暮れる母親を見詰めた。
「母さん・・・・・、一体どうしてこんな事に・・・・。」
真澄の両親が経営する工場が抱えていた借金がいつのまにか銀行から移され、闇金融業者に渡っていたのである。
正当な方法ではない筈だと銀行や裁判所に訴えたがどうにもならなかったと言う。
気が付いた時には総額が2億に膨れ上がっていた。
これからもどんどん額は増えていくだろう。
それを知って父親は倒れ、母親は途方に暮れていた。
すでに家を出ていた真澄は母親からの電話を受け、すぐに実家に帰ってきた。
まだ弟は大学生で、妹は今度高校に上がる。
毎日掛かってくる取立ての電話で妹は外に出る事も怖がって引きこもってしまった。
実家の居間で両親と顔を合わせた時、真澄は事の重大さに蒼白した。
朗らかで明るかった面影は無く、やつれ果てた母親の姿。
大きかった背中を丸め、憔悴し切った父親。
「その借金に合わせて・・・・、お父さんが保証人になっていた方借金を残して逃げちゃってね。どうしようもないのよ。」
ほつれた髪を振り回して母親は泣いた。
逃げた相手が残した借金は初めは微々たる物だった。
だがすぐに膨大な額に膨れ上がり、返すあての無くなった父の友人は姿をくらました。
「それを合わせると・・・・・・、2億6千万になるの・・・・。一体どうしたらいいのか・・・・。」
真澄はただただ呆然とするばかりだった。
2億6千万の額は途方も無く家族の間に圧し掛かり、逃げ場などとうに無い。
「頑張ってもどうしようもない・・・・。借用書が銀行にあるなら、まだいいが・・・・。相手が悪すぎる・・・。」
一気に老け込んだ父が溜め息と共に呟く。
闇の金融業者がどれ程あくどいかなんて、聞かなくても分かる。
今でさえ時間に関係なく電話が鳴るために実家の電話線は抜かれていた。
真澄は胸のポケットに手を当てた。
その中には柊に貰った名刺が入っている。
捨てるもの部屋に置いておくのも何故か出来ずに入れておいた物だ。

何かあったら俺を頼れ。

あの男なら闇に流れた借用書を取り戻せるかもしれない。
せめて銀行に権利が渡れば・・・・・・。
真澄は勢いよく立ち上がり、両親に笑いかけた。
「出来る限りの事をやってみる。だから心配しないで。」




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