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恋狂い
2



本来ボーイの仕事とはお酒を運んだり氷を準備したり、後片付けをしたりといった雑用の為の存在である。
だが今日は本来の仕事は何一つしていない。
男の横に座らされて、今度は高額なワインの入ったグラスを持たされていた。
男に肩を抱かれると、その感触に真澄はぞっとした。
男は美しく装ったホステス達には目もくれず真澄ばかりに酌をさせる。
よほど機嫌が良いのか、一本数十万円もするようなワインをどんどん追加していく。
お酒が真澄の思考回路を遮断しているような気がする。
「佐竹様、僕はお酒はあまり得意ではないので、あまりお相手にはなれません。そろそろ失礼させて頂きます。」
このまま飲まされていたら倒れてしまう。
笑顔のままに立ち上がろうとすると男に腕を掴まれた。
「いいじゃないか、潰れたら私が家まで送ろう。安心して飲みなさい。」
佐竹は薄く笑って真澄に着席を促した。
都内にビルをいくつか持つという男はすでに50代を超えている。
しかしその腕には逆らえないほどの腕力があり、真澄は溜息を堪えながら座り直した。
また肩を抱かれ、酒臭い息が真澄の耳にかかる。
鳥肌が立ったことを隠すように真澄は自分の腕を擦った。
「早瀬君はいいねぇ・・・・。穢れを知らないその顔が、どんな時に歪むのかな・・・・。」
佐竹の手が真澄の太ももを擦り上げる。
ホステス達が心配気にこちらを見ているのが分かる。
今にも殴りつけてこの場を立ち去りたいのを必死に堪えて、真澄はやんわりと男の手を外した。
この男も随分酔っているようだ。
「この後、どうだい?君になら10万、いや20万は払うよ・・・・。」
そう男に言われた時、真澄はカッとして男の体を撥ね退けた。
佐竹の体がソファにぶつかり、テーブルの上のグラスが倒れて音を立てる。
「冗談はやめて下さい、僕に売春婦の真似をしろと仰るんですか!?」
怒りで体を震わせながら真澄は佐竹を睨みつけた。
そしてそのまま立ち上がり、その場を立ち去ろうとした。
「は・・・、早瀬君っ!」
マネージャーが慌ててこちらへと走ってくる。
これで首になるなら、それでも構わない。
真澄は憮然とした表情のまま歩き出す。
「待てっ!悪い話ではないだろう?こんな所で働いているんだ、お金が欲しいんだろう。」
佐竹が真澄の腕を掴んで卑下した笑いを漏らす。
侮辱され、嘲られた真澄は佐竹を睨みつけて掴まれた腕を外そうともがく。
だが男の強い腕に阻まれて身動きが出来ないでいた。
「佐竹様、彼はただのボーイです。どうかお許し下さい。」
マネージャーが低姿勢で佐竹に頭を下げる。
その姿に真澄は居たたまれなくなる。
店内は事の成り行きを見守る客とホステスで静まり返っていた。
「その手を離してもらおうか。俺の店でオイタが過ぎると、この町に居られなくなるぞ。」
突然響いた低い声に真澄はハッと後ろを振り返る。
そこに立っていたのは数人の男を従え、凶暴な笑みを湛えた男だった。
180cmを余裕で超える大きな体躯に、浅黒い肌。鋭い眼つきは彼の生きる世界を現しているかのようだった。
店内に配置された光が男を一段と引き立て、まるで神々しいまでに・・・。
ヤクザだ。
真澄は青褪めた。
この店がヤクザの経営するクラブだなんて知らなかった。
知っていたらバイトなどしなかった。
だが今更それを言っても遅い。
とにかく今はこの場をなんとか収めたかった。
「あんたの会社如き、一言言えばすぐに潰せるんだ。さぁ、すぐにその手を離して出て行ってもらおうか。」
男がこちらへとゆっくりと歩いてくる。
そのしなやかな動作に真澄は一瞬見惚れた。
男の迫力に真澄を拘束していた腕が緩む。
「別に悪気はなかったんだ、からかっただけだよ・・・・・。早瀬君、す・・・すまなかったね。」
佐竹が慌てていそいそと男の横を擦り抜けて転がるように店から出て行った。
ほっとしたのも束の間、真澄は突然顎を掴まれえて顔を上げさせられた。
目の前には目を細めてこちらを見据える男の顔。
「顔色が悪い。おい、こいつを休ませろ。」
男が立ち竦んでいたマネージャーを呼びつける。
真澄が大丈夫ですと言おうと口を開いたとき、体がぐらりと揺れた。
まずい・・・、やっぱり飲みすぎた・・・・。
倒れこんでくる真澄の体をがっしりとした腕が抱きとめる。
「す・・・・、すみません・・・・。僕・・・・。」
男の腕にしがみ付いたまま、真澄は意識を失っていた。




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