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春のかたみ

 
大山の峰の岩根に埋めにけり、

我が年月の大和魂――。

目の前に広がる赤。
空は血を吸い上げたかの如く緋に燃え、見下ろす京の町は炎を巻き上げて朱に染まる。

油脂を含んだように艶のある赤色の海の中に屑折れる、十七体の骸。
桃色の筋肉。淡黄色の脂肪。内蔵を覆う白い膜の残骸。血管の纏わり付いた内蔵達。肝臓。胃。膵臓。小腸。大腸。

夏の暑気が腐海の臭気を一帯に満たす。

私は骸の一体に手を伸ばす。

温かい。

つい先程まで鼓動を刻んでいたはずの心臓は既に動きを止めている。体に触れたことで口内に溜まっていた血液がごぽごぽと音を立て、茫沱として溢れ出した。

私の両の手が糊のような血液に浸される。

骸の懐から書状のような物を引き抜く。瞳孔の開いた虚ろな瞳が私を見つめていた。
その瞳は、地獄の淵へ続いているかのように昏い色を映し出す。

不気味な轢り声を上げて鴉達が上空を旋回する。黒い羽根が舞い、赤色に沈む。

私は血海を泳ぎ、屍を漁る。

■ ■ ■

「――――っ、」

意識が覚醒する。
視界に映る暗い天井を見て一瞬脳が混乱起こす。

ここは何処だ。

私は今、血海の中を彷徨していたのに。

上体を起こす。夜気が汗をかいた体を冷やしていく。

部屋に差し込む青い光は光源としては弱い。熱に浮かされ視界がぼやける。

(また、あの夢)

また見ていたのだ。あの光景を、繰り返し、繰り返し。

私は負傷による発熱のため、一日中覚醒と意識の喪失を繰り返している。その間、ずっと同じ悪夢に魘されていた。

何を今更、と思う。

凄惨な光景を目にしたのはあれが初めてではなかったはずなのに。
こちらに来たその日に見た光景だとて凄惨さに引けは取らない。

隣に千鶴ちゃんの姿はない。
ふと不思議に思ったが、そういえばと思い出す。

彼女は寝ずに私の看病を続けようとしていた。
丸二日以上寝ていない計算になる上、天王山までの強行軍。それ以上の無理は危険と判断し、私が土方さんに頼んで強制的に休養させていた。

私は文机の上に乗せられた書状に視線を移す。

半分以上は赤黒く変色し、内容は一部しか判読出来ない。しかしその末尾だけは明瞭に読み取ることが出来た。

『大山の峰の岩根に埋めにけり
我が年月の大和魂』

天王山で自害した、長州藩士・真木和泉が遺した辞世の句だった。

『長年磨き続けた己が大和魂は、命とともにこの天王山の岩根に埋めることにしよう』

それが、彼の最期に遺した言葉。

私はそれを文机の引き出しの中に閉まう。

書状の判別可能な他の部分に有益な内容はなかった。だからこそ、提出も処分もされずに手元に残っている。

持ち続ける意味は、特に無いけれど。

それでも何故か棄てることに躊躇いを覚えていた。

■ ■ ■

夜とはいえ涼しくはない。
一度は汗をかいて夜気を涼しいと思ったが、発熱した身体はすぐにそんなことも忘れてしまう。

寝乱れた白い襦袢は汗でしっとりと膚に纏わり付く。衿が開け、両肩があらわになっていた。気怠さに直す気も失せる。

汗を拭おうかどうか悩んでいる時だった。
畳に一つの影が映し出される。馴染んだ気配ではない。

それでも覚えのある気配だった。

「今晩は、風間さん」

黙っていても入って来る様子がなかったために、私は声をかけた。少し呼吸が乱れているため、喋ると苦しい。

障子が開く。

蒼い月明かりに照らされた風間さんが視界に映し出される。
その表情に感情はない。何を考えているのだろうか。
纏う空気には怒りや悲しみといった負の感情は感じない。

だったら、別にそれで良いか。

「は。まさ、か、風間さん本人が、来てくれる、なんてね」

言葉を途切れさせながら私は笑った。
風間さんが室内に足を踏み入れる。後ろ手に障子が閉められた。

夜闇の中でも鮮やかな紅瞳が私を見下ろしていた。

「天霧に押し付けようと思ったが、何故か頑として首を縦に振らんのだ。鬼は嘘を吐かぬからな」

なるほど。それで直々のお出ましとなった訳か。
それにしても新選組の皆が彼をここまで通したとは思えない。きっと忍び込んで来たんだろう。

私に傷を負わせた詫びとして、鬼の薬を持ってきてくれたのだ。

「ありがと。……また借りが増えちゃったね」

苦笑した私を、風間さんが理解できないものを見るような目で見下ろす。

なんだよ、その馬鹿を見るような目つきは。

「お前は馬鹿か、名」

うわ。目つきだけじゃなくて口でも言ったよこの人。

虚ろな瞳で彼を見返すが、ぼやけた視線では力が込もらない。仕方なく私は笑った。

「あ、は。風間さんてば、ひどい、なぁ」

あ。やば。また意識が朦朧としてきた。

呼吸も苦しい。背に嫌な汗が滲む。はっ、はっ、と動物のような呼吸を繰り返す。

(も、起きてるの、辛い、かも……)

そういえばこの人、薬持ってきてくれたんじゃなかったっけ?

苦しむ私を見て、出し惜しみでもしているのだろうか。だったとしたら本当にドSだな、この我が儘王子。

「……残念ながら借りは帳消しだ」

「え?な、に。聞こ、え……」

唇に柔らかいものが触れていた。
咥内に甘くとろりとした液体が流れ込む。頭が痺れて思考が出来ない。

 


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