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春のかたみ

 
土方さんが刀を抜いた。殺気が刃に宿る。

「で、おまえも覚悟は出来てるんだろうな。名の身体に傷を付けやがった、その覚悟を」

その言葉に風間さんの表情が一瞬曇った。

「女を戦場の駒としているのは貴様等だろう。護りたいのなら囲っておけ。責任転嫁は見苦しいぞ」

紅と紫の視線が交錯する。
金属音が鳴り響き、刃が交わされた。

私は小声で側に立つ新八さんに声をかける。

「新八さんは皆を率いて天王山へ向かって下さい。……私はここに残ります」

「なっ、だけどよ……!」

新八さんが反駁する。
私は痛みに頬を引き攣らせながらも笑みを作った。

「ほら、落し前なら土方さんがつけてくれますから。今は自分が為すべき事をして下さい」

新八さんは暫く黙ったまま拳を固く握り締めていた。
やがて迷いを振り払うように土方さんへ声をかける。

「土方さんよ、名のことは任せた。この部隊の指揮権限は今だけ俺が借りておくぜ!」

新八さんが走り出す前に、私は千鶴ちゃんの背中を彼の方へ押し出した。

私の意図を悟った彼女は抵抗を見せる。

「そんな!名ちゃんを置いて行けるわけない!こんなに、こんなに酷い怪我してるんだからっ……!」

「新八さん、千鶴ちゃんを頼みます」

千鶴ちゃんの訴えを無視して新八さんに視線を向ける。
私の意志を汲んでくれたのか、彼は千鶴ちゃんの手を引いた。

「嫌……!名ちゃんっっ」

「……ごめんね、千鶴ちゃん」

力の弱い彼女では新八さんの腕を振り払うことは出来ない。

私は離れて行く彼等の背をただ、見送る。

「――っ、二人とも!絶対、追い付いてくださいね!」

私はその言葉に頷く。土方さんも、紫瞳を細めてその顔に笑みを浮かべた。

「おまえ、俺が誰だかわかってんのか?」

『泣く子も黙る鬼副長』

確かに相手が同じく人であれば、彼がそう簡単に負けることなど無いのだろう。

「貴様等……」

苛立ちに風間さんの声が低くなっていく。

しかしそれにしても。

(天霧さんおっそいなー……)

段々と痛みにも慣れてきた。脳内で分離させていた意識を統合させていく。

髪を結っていた紐を解く。上腕を縛り上げることで強制的に傷口を止血。

目の前で行われている真剣勝負は一見して互角。
けれど風間さんは本気を出してはいない。

だが元より彼の目的は足止めだったはずだ。しかし部隊は既に天王山へ向かっている。目論見は既に潰えていた。

私は二人の間合いが開く一瞬を待つ。

一閃、二閃、三閃。次いで切り結ぶ。弾き返し。

二人が互いの間合いの外に出る。

「そのくらいにしておいたらどうですか、風間さん」

「おい名!男の真剣勝負に口出しすんじゃねえよ」

すかさず土方さんが意見するが、私は怯まない。

天霧さんは中々来てくれないし、傷も痛い。汗もかいたし取り合えず今は早く帰りたいのだ、私は。

「知りませんよそんなモノ。残念ながら私は女なんでね」

土方さんの主張を一刀両断して、私は風間さんへ視線を向ける。

「時間稼ぎならもう充分でしょ。真木達は追っ手が迫っていることを知ったらちゃんと腹を詰めるさ」

「…………」

風間さんは答えない。私は続ける。

「西郷さんが怒り出す前に帰ったら?今はまだ、薩摩は幕府に属しているんだから」

「――風間!そこまでです」

一つの影が割って入る。
ようやく来てくれたらしい。

「遅いですよ天霧さん。伝言、伝わらなかったんですか」

少し怨みがましく聞こえるように言ってみる。
実際、こちらは負傷しているのでこの程度は許容範囲に入れていいはずだ。

「……やはり貴女でしたか」

天霧さんに怒った様子はない。
普段風間さんと行動共にしていられるのだ、気が短いとは思えない。
しかし私を見るとその表情が硬くなった。

「……風間。まさかとは思いますが」

天霧さんが厳しい目を向けた。風間さんは視線を逸らす。
その表情は苦々し気に歪んでいた。
やがて私を見たかと思うと、「ちっ」と舌打ちする音が聞こえた。

いや、何で私が舌打ちされなきゃならないんですか。

風間さんがこちらに近付いて来る。

怒りというか、苛立ちはひしひしと感じるが、殺気や害意は感じない。
だから私は特別警戒していなかったのだが。

風間さんの間合いが私を捕らえる前に、土方さんが間に入った。

「これ以上名に近付かないでもらおう」

火花が散るとはよく言ったモノだ。二人の視線はぶつかっても決して交わることはない。

「退け。何を勘違いしているのか知らんが、名の傷を見るだけだ」

低い声が土方さん越しに届く。

風間さんは人をからかうことはあっても、決して騙し討ちをするような鬼ではない。

「土方さん、大丈夫ですよ。風間さんは良い人じゃないけど、卑怯でもないですから」

私の言葉に風間さんが土方さんの後ろで表情を歪めたいたが、それは無視。

「そういう問題じゃねえだろう」
土方さんの言葉に私は首を傾げる。

「じゃあ、どういう問題なんですか?」

薩摩潘に属している彼は今は【敵】じゃない。
今回の行動は問題ではあるけれど、こちらに『正式な被害』は出ていないのだ。

私は非公式な人間。

戸籍も無ければ血族もない。
隊士の名簿にすら私の名は乗っていない。
私という人間が存在しているという公的な証明は何一つ、ない。

『存在しないもの』は傷付けられない。

私が言いたいことを理解出来ない土方さんではないだろう。
一瞬で私の意図を読み取り、そしてだからこそ言葉に詰まった。

 


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あきゅろす。
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