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春のかたみ

 
「あ?なんだ、湯呑みだけじゃなく皿まで乗ってるってことは名、おまえ菓子でも食ってたのか」

新八さんが盆を覗き込む。
目敏いな。というか面倒だな。

「ええ。今日は非番だっていうのに一君が仕事をしてたんで、差し入れしてお邪魔してきました」

まあ、仕事のし過ぎは良くないので、文字通り邪魔をしてきたのだが。

「なんつーか、やっぱ監察方だな、おまえ。あんまり周りに気ばっか配ってっと、疲れちまうぜ?」

左之助さんはどうやらそこらへんのところにも気付いているらしい。
何だか兄が妹を心配するような口調で言われて、どうにもくすぐったい。

お兄ちゃん、と叫んで飛び付きたい衝動に駆られる。いや、しないけどさ。

お兄ちゃんと呼ぶには左之助さんは色っぽ過ぎる。

「ま、今日は見逃してやるから、今度は俺んとこにも茶と菓子持って労いに来てくれな!」

「ええ。ちゃんと逃げずに執務を熟してくだされば伺いますよ」

「ひでえ!色んな意味でひでえぞ名!」

楽しい。新八さんとの会話は掛け合いのようでつい、口が滑ってしまう。
それに対して新八が本気で怒る事はない。そんな懐の深さも彼が良い兄貴分となっている所以なのだろう。

左之助さんは『お兄ちゃん』って感じだけれど、新八さんの場合は『兄貴ー!』と言って叫びたい。

「あ、名ちゃん、私も何か手伝うことはある?」

千鶴ちゃんからのせっかくの申し出なのだが、盆は二人で持つようなものじゃない。

ふむ。じゃあせっかくの非番ではあるが。

「じゃあ、これを片付けてる間、お土産話を聞かせてもらっても良いかな?街の様子とか、色々さ」

私が提案すると千鶴ちゃんは目を輝かせた。

「うん!名ちゃんの役に立つかはわからないけど。何でも聞いてね!」

「ありがとう。助かるよ」

左之助さんと新八さんに挨拶をし、別れる。私は千鶴ちゃんと一緒に厨へと向かった。

■ ■ ■

「あ。山崎君お帰りー」

闇に紛れて屯所に帰ってきた山崎君を出迎える。
ちなみにここは山崎くんの部屋。
千鶴ちゃんが寝込むのを見計らって自室から抜け出て来たのである。

「な、どうしてっ……て、貴女に聞く方が間違いだったな」

「うっわぁ山崎君、ひどいよ、それ」

私は笑う。
山崎君は監察方として動く私の監督責任者的立場を任されている。
武術の師は一君と平助君だが、監察方としての師は山崎君だ。

同じ監察方同士、汚れ仕事に就く分、気安いのは確か。
それに意外とフェミニストなんだよね。

「で、どうだった?」

単刀直入で問う。
私のそんな態度にはもう慣れてしまったのだろう。山崎君は勧められるままに腰を下ろした。鉢金を外し、口元を覆う布を引き下げる。

少しだけ寛いだ様子で今夜の釣果を話し始めた。

「池田屋での騒動をきっかけに長州の藩論が傾いたようだな。三家老が直々に挙兵、上京する」

片手で目元を覆うような動作とともに、山崎君が長い息を吐く。
恐らく今夜は長州藩邸辺りに潜って来たのだろう。

「お疲れ様。……長州が挙兵、か。こちらの指揮には禁裏守衛総督の一橋慶喜公が当たるんだろうね」

山崎君の持ち帰った情報から、今後の情勢を推測していく。
脳内の記憶にある日本史と、こちらに来てから監察方として集めた情報。
それらを分解し、再構築していく。考察と検証を重ね、また分解し、一から繰り返す。最も可能性の高い答えを導く。
そうして練った答えを交わし合い、今後の方針を定めていく。

「召集されるのは恐らく会津藩と、会津藩主松平容保公の実弟が藩主である桑名藩だろう。それに所司代は桑名の管轄だ」

薩摩藩の政治介入を良しとしなかった幕府は参与会議を解散させた。今は一会桑と呼ばれるこの三者に権力が集中していた。

「でも、やっぱり薩摩も参加するはずだよ。幕府も雄藩の存在は無視し切れない」

その後も私達は暫くの間意見を交わしあった。

「ねえ、山崎君」

私は部屋を出て行く前に山崎君に声をかけた。

「気をつけてね。西の潘は今軍備をどんどん西洋化してる。……銃はもう、昔みたいに鈍い武器じゃないんだよ」

刀に拠って生きる武士の集まりである、新選組内では禁句に近い言葉。
それでも私達監察方だ。誰よりもその相手の懐深くに潜り込むのが仕事。

彼とてそれは十分承知のはずだった。
それでも、言わずにはいられない。

「例え一発だって喰らって帰ってきたら許さないからね。……私は医者じゃないんだから」

山崎君の口元が少しだけ緩んだ。
池田屋騒動以降、監察方の仕事が増えていた。最近では非番が重なることも少なかった。

久しぶりに見る、彼の笑み。

「わかっている。……そうだな、では俺からも一つ言わせてもらおう」

何だろう。また小言だろうか。
そう思って彼の顔を見る。

「名さん、貴女だけは、無茶をして怪我なんてしたら許さない。絶対に」

見上げる紫瞳と目が合った。

約束は出来ない。けれどこの約束を守りたいと、そう思った。

「山崎君、怒ると恐いからね。守るよ」

その言葉を最後に私は自室へと戻る。
私達は互いに忍び寄る戦いの気配を確実に感じ取っていた。

 


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あきゅろす。
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