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春のかたみ

 
■ ■ ■

取り合えず井戸から水を汲み出す。

私は手頃な桶に水を移し替える。並々と注がれた水はひんやりと冷たい。

「で、どーすんの?」

背後に立った平助君は頭の後ろで手を組みながら私に聞いた。

どうする、って浴びるでしょ。そりゃ。水浴びだって言ってるんだから。

しかし取り合えず今は堪え難い暑さを何とかしたい。私は言葉を返すよりも早く、行動に移す。

無言のまま水の入った桶を両手で持ち上げる。それを頭上で一気に逆さへ。

「!!」

髪へ、首筋へ、背中へ、胸元へ。冷水が体熱を奪って流れ落ちていく。止めていた呼吸を再開。

「っぷは!」

あー、すっきりした。

私は笑顔で振り返る。平助君は唖然とした顔をしていた。

「なんて顔してるの。地下水だから、冷えてて気持ちいいよ?」

私は平助君に近寄る。首筋に人差し指を寄せ、つつ、と胸元へ下ろしていく。指先には汗ばんだ肌の感触。

「ほら、平助君だって汗かいてるし。……暑いんでしょ?」

ニッと笑みを深め、下から見上げるように平助君の顔を覗き込む。頬を赤くした彼の湖のような瞳と視線が絡む。

「な、な……!」

ぱくぱくと魚のように口を動かしてはいるが、言葉が続いていない。

私はその様子に軽く噴き出す。ちょっとからかい過ぎたかもしれない。
至近距離から一歩退いて通常の間合いに戻る。

「あは、そんなに動揺しなくてもいいって。ここまで引っ張って来といて今更だけど、嫌なら無理して付き合わなくても良いんだよ?」

「別に、嫌じゃねえって!」

意外にも即答で返事が帰ってくる。しかし何故か平助君の態度はムキになってしまっていた。

「そう?じゃあここは一つ楽しく行こう」

たかが水遊び。されど水遊び。

どうせやるなら楽しくやろうじゃないか。

そういうわけで。私は八木家の子と、遊びに来ていた子供達にも声をかけ、一つの遊びを始めた。

■ ■ ■

ルールは簡単。雪合戦の雪玉を水に変えただけである。
勝敗等はない。敵に水をぶっかけたら精神的にすっきりするという、それだけのことだ。
方法は手桶でも杓でも何でも良い。ただし水を補給する井戸周辺区域内へは攻撃してはならないし、またそこから外へ攻撃もしてはいけないことになっている。

参加者は私と平助君のペアと、八木家の子とその友達二人、そして何故か総司君。

「ねぇ何か不公平じゃない?つか絶対不公平じゃない?いくら相手が子供だから四対二って」

私は不平を漏らす。
いくらなんでも戦略の幅が二乗ってのは狡い。

最初は相手は子供だけだった。子供対大人なら、人数の差があっても問題はない。
しかし何故か有無を言わさぬ笑顔で総司君が乱入して来たため、今の組割りになってしまった。

しかし今更決め直すのも面倒だし。

壁を背にして建物の角から顔を出して相手を伺う。
私の手には竹筒を利用して作られた水鉄砲。ちなみにこれは八木家の子から借りた。

「つーか総司の奴、目がマジだぜ。名が何かしたんじゃねーの?」

「失敬な!私がそんな命を無駄にするようなことをするわけないでしょうが。ちょっかい出してくるのは向こうだよ!」

袴に染み込んだ水を手で絞りながら、私は反論した。

というか袴邪魔だな。さっきも濡れた裾が纏わり付いて転びそうになったし。

うーん。……脱ぐか。

私は腰の結び目を解き始める。
するとぎょっとして目を見開いた平助君に、手を掴まれて止められた。

「名っ、おまえ何してんの!?」

「え。だから袴が邪魔だから脱ごっかな、って。さっきも転びかけたし」


「そーゆー問題じゃねぇって!」

真顔で答えたら本気で注意された。一体何故。

「じゃあどーゆー問題なのさ」

「色々あるだろ!?嫁入り前の女の恥じらいとか!貞節とか!」

……恥じらい、ねぇ。

私は遠い目をしてその言葉に思いを馳せてみる。

…………。

(ないかな、そういうのは)

だって袴を脱いだって着物自体にはかなりの長さがあるわけだし。
そりゃあ人前で全裸になれと言われたら無理があるけれども。

「やだなぁ平助君。これでも女監察方としてそれなりに諜報活動こなしてるんだよ?この程度で恥じらうほど初じゃないって」

手をひらひらと振るう。笑い飛ばすように言った後、私は少し後悔した。

平助君の表情が、先程まで子供達に見せていた無邪気な表情から一変していた。

「……ねぇ名、それ、マジで言ってんの?」

その声がどこか怒っているようにも聞こえて、私は少し恐くなる。
平助君が私に対して、純粋に怒りのみを見せたことなどなかった。

「平助君……?」

「監察方じゃ、男に肌を見せても恥ずかしくなくなるようなことしてるわけ?」

「……」

返答出来なかった。したら、きっと平助君はもっと怒る。

実際に『行為』にまで及んだことはない。そこまで至る前に相手を眠らせてしまうからだ。
しかし身体に触れられることは珍しくない。中々隙を突けず、薄衣一枚まで縺れ込んでしまったこともある。

しかしその程度の事態は監察方に足を踏み入れる前に覚悟していた。

軽蔑されるかもしれない。

若さは往々にしてそういったことに対して潔癖さを求める。
そして平助君は新選組の中でも取り分け若い。

「――ねぇ、そういう話は遊びが終わってからにしてくれない?」

「っ!?」

「……総司」

意識が常態に戻っていた私は彼の気配を探知出来ずに驚く。

いつの間にか距離を詰めていた総司君が、私達を見下ろして立っていた。

 


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